昭和40年男
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第2話 星一徹の涙 <18>
「半世紀以上が過ぎて、関わりのある連中は全員あの世に行った。うちの婆さんも、ボケたおかげで気楽になってかえってよかったと思っとったが、忘れられる出来事ではなかったということだ」 征郎さんは長い…
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第2話 星一徹の涙 <17>
「群馬県沼田市の仙波静江が逮捕されたとラジオのアナウンサーが確かに言ったんだ。ワシは驚いて静江さんの家、つまりこの家に電話をかけたが話し中で繋がらなかった」 そこで征郎さんは世話になっている理…
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第2話 星一徹の涙 <16>
「かあさんの、さっきのあれは、いったい……」 勝也さんは動揺を隠せなかった。 「さてな。おまえはどう思う?」 征郎さんは笑みを浮かべながらも疲れ切った様子だった。あれほどの気迫で…
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第2話 星一徹の涙 <15>
征郎さんの指摘は的を射ているように思えた。40年近く会わずにいても、一目見れば、わが子の様子は手に取るようにわかるのだ。 「三男さん」 勝也さんに手招きされて、三男は玄関に向かった。 …
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第2話 星一徹の涙 <14>
「お父さん、僕です」 勝也さんが父親の前に立った。 「おまえか。何しに来た、帰れ!」 突き飛ばそうとした右腕をかわして親子の位置が入れ替わり、勝也さんが家の側に立った。 「…
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第2話 星一徹の涙 <13>
「母は、まず間違いなく認知症だと思う。戦前の生まれだから、家や夫に対する従属意識が強くてね。根は明るい人なんだが、父のせいで近所づきあいもほとんどない」 勝也さんは怒りを抑えるようにゆっくり話…
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第2話 星一徹の涙 <12>
莉乃から電話があったのは、美岬が担当するスポーツコーナーが終わって10分後だった。 「きみからの電話を待ってる間に、あちこちからメールがきて、大わらわだよ」 三男が言うと、「大わらわと…
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第2話 星一徹の涙 <11>
美岬は生まれた時から美人だったので、静江さんは大喜びだった。黒磯の母も美岬に会いたさに月に1、2度新座にやってきた。たまたま重なって、四方山話を楽しんだ母親同士はすっかり仲良くなった。それからは日を…
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第2話 星一徹の涙 <10>
正月休みが明けて、三男は毎日家事に励んだ。リハビリもかねて、ほうきで部屋を掃き、雑巾で床を拭く。洗濯物や布団を干して、団地内のスーパーまで歩いて往復する。時々立ち止まっては、樹々を見上げ、花壇の草花…
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第2話 星一徹の涙 <9>
「日本代表がそこまで偉いなら、金メダリストは神様かね。そんなふうだから、マラソンの円谷幸吉さんはカミソリで首の動脈を切って亡くなったんじゃないのかね。あの征郎さんという人は普通じゃないよ。静江さんは、…
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第2話 星一徹の涙 <8>
三男には、沼田からの帰り道の記憶がなかった。莉乃が運転する横で自分だけ居眠りをしていたはずはないが、本当に何一つ覚えていない。気がつくと、三男は莉乃と並んで団地の部屋に立っていた。 「ここが、…
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第2話 星一徹の涙 <7>
「勝也に会ったのよね、いい子だったでしょう」 静江さんに聞かれて、三男は答えた。 「スポーツで痛めた膝や肘の手術をするために、一家の財産を投げうたなくてもいいように、日本のスポーツ医療の…
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第2話 星一徹の涙 <6>
「もう本気も本気。あたしにとってのベストパフォーマンスは、小6の時の市民大会と県大会だと思うもの。直前に、お兄ちゃんの友だちの陸上部の人に教わって、スタート直後の蹴り方を変えたら、100メートルはタイ…
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第2話 星一徹の涙 <5>
「前十字靱帯損傷。西ドイツかオランダに行けば、腱を移植する手術が受けられる。でも、2000万円はかかるって言われて」 莉乃によると、父親の征郎さんは自宅と土地を抵当に入れて手術を受けさせようと…
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第2話 星一徹の涙 <4>
「私の父は本田征郎というの。別名『高校バレーボール界の星一徹』」 体育大学の同級生として莉乃と話すようになり、さらに親しくなろうとしていたある日、三男は打ち明けられた。 「えっ、あの鬼監…
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第2話 星一徹の涙 <3>
「沼田のおばあちゃんが、おじいちゃんがいじめるから助けに来てくれって」 三男は独り言のようにつぶやいた。義母は静江といい、群馬県沼田市に住んでいるので「沼田のおばあちゃん」で通っている。 …
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第2話 星一徹の涙 <2>
「美岬姉ちゃん。やっぱりきれいやなあ」 千春が言うとおり、テレビに映った美岬は美しかった。シンプルな白いブラウスを着て、長い髪を後ろで束ねている。手塩にかけて育てた娘が、こんなにも素晴らしい女…
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第2話 星一徹の涙 <1>
山田三男が台所で一心に食器を洗っていると、不意にダイニングキッチンのドアが開いた。手が滑り、落としかけたコップを三男は抜群の反射神経でつかんだ。 「おっもっい~い こんだあらあ 試練の~み~ち…
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第1話 じゃりン子チエは神 <24>
スクリーンでは、鉄棒に飛びついた三男が蹴上がりから車輪に移り、離れ技のコバチを連続で決めた。外国人の実況が大声で称賛し、2年4組の保護者と生徒からも歓声があがった。 しかし、次の捻りを加えた…
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第1話 じゃりン子チエは神 <23>
「美岬とは、連絡をとってるの?」 三男が聞くと、莉乃は目を見開き、首を横に振った。 「いいかい莉乃。今のきみに何を言っても無駄なのは、僕にもわかる。ただ、リオ五輪が終わったら、まとめて休…