昭和40年男
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第1話 じゃりン子チエは神 <22>
〈帰宅は11時を過ぎるので、先に寝ていてください。〉 妻の莉乃からメールが届いたのは、三男が千春と二人で麻婆豆腐を食べている最中だった。 「おかあはん、このところ毎晩すごく遅いよね」 …
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第1話 じゃりン子チエは神 <21>
「理由は分からないけど、足が悪い転校生がいじめられていることを言えなかったって、それでおとうさんが納得すると思うのか」 きつい声で叱ると、三男は立ち上がった。 「もういい。お父さんは中学…
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第1話 じゃりン子チエは神 <20>
ロシアから帰国した美岬は、そのまま国内での合宿に入った。リオ五輪の開幕まで3ヵ月とあって、大手スポーツメーカー・コーガの広報部長を務める莉乃も大忙しだった。 「ねえ、見てよ。この誤字だらけの報…
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第1話 じゃりン子チエは神 <19>
都内での合宿に入って2日後、美岬から三男宛に手紙が届いた。便箋には、これまで育ててくれたことへの感謝の気持ちと、ロンドン五輪出場を花道に新体操選手を引退するつもりでいることが切々と訴えられていた。 …
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第1話 じゃりン子チエは神 <18>
慣れない子育てではあったが、かわいい美岬と一緒にいる幸せのほうが常に勝った。美岬も三男になつき、1歳の誕生日を迎える前から追いかけっこをして遊んだ。団地内の公園に行けば子供を連れた母親たちがいて、三…
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第1話 じゃりン子チエは神 <17>
「良かったな。おめでとう」 三男はスーツ姿の莉乃を抱きしめた。この3ヵ月は避妊をしていなかったので、いずれ子供ができると思っていた。二人とも27歳で、親になるのには丁度いい年齢だ。 避…
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第1話 じゃりン子チエは神 <16>
床屋に行った翌日、三男はバスに乗って志木駅に向かった。ひと月以上も新座の団地に住んでいるのに、最寄りの駅に行くのは初めてだった。目的はただ一つ、古本屋で『じゃりン子チエ』を買うことだ。新品は1冊50…
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第1話 じゃりン子チエは神 <15>
新座の団地で暮らしだして1ヵ月が過ぎたが、三男は一度も外に出ていなかった。身長160センチと小柄ながら、ボディービルダー張りの筋肉隆々な体と整った顔立ちから、体操選手の山田三男だと気づかれないとも限…
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第1話 じゃりン子チエは神 <14>
意識を取り戻した時、三男は仰向けに寝かされていた。目をつむったままでいたのは、体の状態を冷静に把握したかったからだ。 首にはコルセットが嵌り、額と胸と腿にベルトが渡されてベッドに固定されてい…
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第1話 じゃりン子チエは神 <13>
オランダのロッテルダムで開催される世界体操選手権を1ヵ月後に控えた9月初め、三男はテレビ局の取材を受けた。練習風景を撮影したいというので大学の体育館で待っていると、佐久新学院の五十嵐先輩がカメラや音…
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第1話 じゃりン子チエは神 <12>
離れ技で難しいのは、勢いをどう抑えるのかだ。コバチの場合、後方2回宙返りの回転が速すぎると、バーをつかもうとした手が弾かれてしまう。反対に回転が遅ければ、体が回りきらずに落下する。 いくら鉄…
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第1話 じゃりン子チエは神 <11>
五十嵐先輩による悲観的な予測はさらに続いた。 モスクワ五輪ボイコットのあおりを食った選手たちに罪はないし、彼らはロス五輪でいくつかメダルを獲るだろう。しかし自分も含む次の世代は伸び盛りの時期…
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第1話 じゃりン子チエは神 <10>
宇都宮市にある佐久新学院体操部の練習に参加した三男は才能を認められた。 特待生として佐久新学院中等部に入学し、寮での生活が始まった。黒磯の家を離れるのは寂しかったが、二人の兄とは仲が良くなか…
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第1話 じゃりン子チエは神 <9>
三男は10回以上も連続で蹴上がりをした。クラスメイトに求められたからだが、おかげで完全に蹴上がりをマスターした。ふしぎなことに、10回も蹴上がりをしたのに手のひらにマメができていない。手の握りを気に…
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第1話 じゃりン子チエは神 <8>
「それって、泥棒と同じじゃねえ」 「30枚はひどいよなあ」 いつも遊んでいる男子たちが小声で話しながら三男に背中を向けた。女子も、いかにも軽蔑した目でこっちを見ている。荻村君は窓側の席で…
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第1話 じゃりン子チエは神 <7>
山田三男は幼い頃から運動神経が抜群だった。両親によると生後10ヵ月でトコトコ歩き、1歳の誕生日には駆け足をしたというから、かなりなものだ。兄は二人とも頭でっかちなタイプなので、これには両親も驚いたと…
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第1話 じゃりン子チエは神 <6>
三男が昭和40年生まれであることを最初に意識したのは、中学1年生の4月だった。 佐久新学院という、栃木県内はもとより、全国的にも有名な私立学校の中等部に特待生として入学したのだが、所属する体…
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第1話 じゃりン子チエは神 <5>
「美岬がね、自分も頑張るから千春も頑張れって言ってたよ」 中学校から帰宅した千春に三男が伝えても、返事はなかった。 姉が美人アスリートだということがバレるまで、千春は学校から帰ると一日…
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第1話 じゃりン子チエは神 <4>
「美岬ちゃん。千春のことが心配なのはよく分かるけど、今は競技に集中しなさい。この合宿があなたの一生を決めるのよ」 昨年末、美岬はロシアでの代表合宿に向けて日本を発ったが、その前日、莉乃は三男も…
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第1話 じゃりン子チエは神 <3>
三男は、千春をからかった男子たちをとっちめてやりたかった。仮面ライダーになりきって、ライダーキックやライダーパンチをお見舞いしてやりたかったが、来るべきものが来たと思ってもいた。 親のひいき…