ムズいけれど面白い最新科学本
「科学のトリセツ」元村有希子著
科学技術が発達した昨今だが、多くの場合「それがなぜスゴイ」技術なのか、よく分からない。そこで今回は、興味をかきたてる科学本をご紹介。科学エッセーから気持ちが悪いものを正視する科学本まで5冊をどうぞ。
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科学記者の看板を20年背負ってきた文系女子の著者は、科学技術や環境に関するニュースを、専門家ではない一般人が興味を持って受け取れるよう長年格闘してきた。
本書は、ややこしい科学をわかりやすく読み解いたエッセー本。2018年4月からサンデー毎日に連載されたコラムを再構成したこともあって、車の自動運転やコロナ禍生活、レジ袋禁止、福島原発処理水などの旬の話題や、人生100年時代の加齢と生きる術などを取り上げている。
薄毛男性が期待する毛髪再生もそんなトピックのひとつ。5αリダクターゼという男性ホルモンの働きを強める酵素により発毛周期が狂うメカニズムを解説しつつ、その酵素を抑える内服薬効果に個人差があることや、理化学研究所が動物実験までこぎつけた手法を紹介している。
(毎日新聞出版 1650円)
「延びすぎた寿命」ジャン=ダヴィド・ゼトゥン著 吉田春美訳
1750年以降、戦争やパンデミックの時期をのぞけば、人間の寿命は右肩上がりに延びてきたため、私たちは今後も寿命は延び続けると思いがちだ。しかし2015年に発表された論文によれば米国では非ヒスパニックの白人中年男性の全死因死亡率が上昇した。英国でも平均寿命の延びが鈍化し、乳幼児と高齢者の死亡率が上昇したデータが見られたという。
本書は寿命を決定する要因を年代ごとに考察しつつ、いま存在するさまざまなリスクについて言及した書だ。
人間は社会の発展に気を取られるうち喫煙や肥満など自らの行動によるリスクと、大気汚染や気候変動などによって起こる環境によるリスクを高めてしまった。著者は単に寿命を延ばすことを目指すのではなく、健康改善する方向に社会全体が変わることを勧めている。
(河出書房新社 3190円)
「一生モノの物理学」鎌田浩毅、米田誠著
大学入試で物理を選択する人が圧倒的に少ないため、大卒でも物理の知識は中卒程度の人が多いと嘆く2人の著者が、ビジネスパーソンこそ物理を学ぶべきと叱咤激励しているのがこの本。内視鏡、リニアモーターカー、赤外線カメラなどの日常の中にある物事を例に出して高校物理の内容を復習しつつ、現象の原理を解き明かそうとする物理学の面白さを紹介している。
たとえば、スマホにも搭載されることが増えた「ノイズキャンセリング」の仕組みについて理解するには、音波の性質について知る必要があると指摘。ノイズの音波の山と谷を逆にした逆位相の音波を発生させてノイズを相殺する仕組みを丁寧に解説している。最終章では物理学習でくじけないためのコツも掲載。公式や法則を使い慣れることを推奨している。
(祥伝社 1760円)
「不自然な死因」Dr.リチャード・シェパード著 長澤あかね訳 養老孟司解説
9.11テロ現場やダイアナ元妃の事故現場など、2万件を超える検視・解剖を手掛けた法医学者による自伝。
9歳で心臓病の母を亡くした子ども時代の思い出やシンプソン教授の本を入り口に法医学に夢中になったこと、初めての解剖授業などの専門家となるまでの過程から、具体的な検視現場や法廷でのやりとり、歳月を経て仕事が民営化されたことに対する違和感などを語っていく。
遺体として初対面の人物がどんな生活を送っていて何が死の決定打となったのか、ありとあらゆる可能性を確認していく過程は興味深い。加えて自身の結婚や離婚や子育てなどの私生活の部分や、死体に直面する職業人が抱える心理的負担などについても開示。描写がリアルで、著者の傍らで彼の人生を目撃したかのような読後感を覚えること必至だ。
(大和書房 2970円)
「科学で解き明かす 禁断の世界」エリカ・エンゲルハウプト著 関谷冬華訳
真実の追求を目指す科学者にとって、周囲から多少眉をひそめる反応が返ってきたとしても自身の研究を突き詰めて新たな発見をすることを選択する人は多い。本書で扱うのは、そんな普通の人々なら避けて通るような気持ちの悪い世界だ。
たとえば、体の中に入り込む虫についてはどうだろう。熱帯地方でのゴキブリは食べ物を求めて人の耳の穴にしばしば侵入するらしい。入り込んでもプロに取り出してもらえば問題ないが、中で死なれてしまうと細菌が繁殖して感染症の恐れがあるという。
ほかにも顔面移植や頭部取り換え手術、死体とのセックスなどタブーとされる領域についても遠慮なく真正面から描く。ユーモラスだが刺激が強い描写の連続なので、怖いもの見たさの人向け。心臓の弱い方、虫が苦手な方は閲覧注意かも。
(日経ナショナルジオグラフィック社 2420円)