「落語で資本論 世知辛い資本主義社会のいなし方」立川談慶著(監修・解説 的場昭弘)/日本実業出版
「落語で資本論 世知辛い資本主義社会のいなし方」立川談慶著(監修・解説 的場昭弘)
抜群に読みやすく、面白い「資本論」解釈書だ。資本主義が抱える問題を江戸時代の落語との類比的解釈で読み解いている。
立川談慶氏は、池上彰氏や評者の資本論解説書をていねいに読んでいるようで、江戸時代の末期に資本主義が形成され始めていたという見方を取る。日本のマルクス主義にはいくつかの流派がある。戦前から講座派(共産党系)、労農派(社会民主主義系)があるが、明治維新をブルジョア(市民)革命と見るのは労農派だ。また「労働力の商品化」を重視するのが、労農派から独自の発展を遂げた宇野弘蔵教授を中心とする宇野経済学だ(社会党左派と新左翼に影響を与えた)。
談慶氏の基本認識は労農派と宇野経済学と親和性が高いので、評者にとってはとても説得力がある。具体的には以下の記述だ。
<第1章「労働(はたらく)」では、「資本主義とは労働力すら商品になってしまうシステム」なのだと分析しました。そして、資本家は労働者を必要労働以上に働かせて「剰余価値」を生み出し、その労働力を「搾取」するからこそ「利潤」が発生するのだと理解しました。つまり、「労働力という特別な商品だけが価値を生み出す」という特殊性こそが、資本主義だったのです>
マルクスの「資本論」第1巻冒頭に出てくる商品を資本主義社会から抽出された商品と見ているのだと思う。これは宇野経済学の考え方だ。
本書で、興味深いのは日本を代表するマルクス研究者で哲学者の的場昭弘氏(元神奈川大学教授)が監修と解説を行っていることだ。的場氏は宇野経済学や労農派には批判的で、講座派の伝統を継承し、独自のマルクス解釈を行っている。本書には<注釈・的場スコープ>というコラムが随所に加わっているが、言葉を選びつつも談慶氏の解釈を根源的に批判している箇所が少なくない。一種の知的格闘技が本書の中で展開されているのだ。知的格闘を通じて、「資本論」の解釈が深まっていくのだと思う。
「資本論」の入門書や解説書は生真面目なものが多いが、こういう遊び心にあふれた作品を評者は初めて読んだ。談慶氏の芸術的才能なくしては生まれなかった作品だ。
★★★(選者・佐藤優)