『「人口ゼロ」の資本論』大西広著/講談社+α新書
『「人口ゼロ」の資本論』大西広著/講談社+α新書
岸田政権は3兆円台半ばとする「異次元の少子化対策」のための恒久財源を確保する作業に入った。どのような形になるにせよ、国民に大きな負担が降りかかってくるのは間違いないのだが、この異次元対策で少子化に歯止めがかかるとみている専門家は、少なくとも私が知る限り一人もいない。児童手当受給の所得制限撤廃や出産費用の保険適用など、対策が子育て支援に集中していて、本当の少子化の原因になっている「非婚化」に歯止めをかける対策が入っていないからだ。
非婚化の原因については、識者の意見が分かれていて、コンセンサスがない。ただ、マルクス経済学者である著者の見立ては明確で、「労働者の貧困化が原因」だという。確かに、相次ぐ増税や社会保険料の引き上げで、消費増税を加味した世帯主の手取り収入は、35年前よりも減っている。それでは、結婚して子育てをしようと国民が思わなくなるのも当然だ。
本書で驚いたことが2つある。1つは、マルクスが「資本論」のなかで、資本主義の行きつく先に人口減を見据えていたことだ。格差の拡大、クソ面白くない仕事の増加、環境破壊の3つを予見していたことは知っていたが、人口減まで予見していたことを、私は読み切れていなかった。ただ、冷静に考えれば、当然のことだ。資本は、自己増殖だけを考えるから、労働者には生きていくためのギリギリの賃金しか支払わない。結婚して、子を育てる分まで支払うはずがないのだ。
そこで疑問が生じるのは、少子化が進めば、市場が縮小し、資本家は困るのではないかということだ。この点に関しては、著者が2つ目の驚きである明確な回答をしている。資本家は目先の利益を考えているだけで、長期のことなど考えないというのだ。
政府がいくら「賃上げ」の旗を振っても、企業は面従腹背だ。それは、企業の本質に基づく行動だったのだ。
人口政策を研究する学者や少子化対策を講じる政府関係者、あるいは日本の未来を案ずる一般国民にぜひ読んで欲しい名著であると同時に、マルクス経済学が思わぬ形で生きていたことを喜べる作品だ。
★★半(選者・森永卓郎)