「刑務所しか居場所がない人たち」山本譲司さん
刑務所には、見るからに凶暴な男や手に負えないチンピラたちがいる、と著者は思っていた。だが、自ら栃木県の黒羽刑務所に服役して見た光景は、全く違った。
「寮内工場」と呼ばれるところに、知的障害者や精神障害者、認知症の高齢者が集められていたのだ。
刑務作業として彼らの食事や入浴、排泄の世話係を担ったことなど刑務所の中の知られざる体験を描いた「獄窓記」を2003年に上梓し、ベストセラーになった。それから15年。全国の刑務所に出向くとともに、被告人の国選弁護士らに徹底取材し、これまでベールに包まれていた受刑者たちの実像に踏み込んだのが本書だ。
「駐車中の車の窓が開いていて、10円玉が3枚見えたから、つい手が出た人。お母さんが『神様に預けたお金』と言っていたことを思い出し、『神様に助けてもらおう』と賽銭箱から200円を取った人。お腹がすいたため、おにぎりやパンを盗んだ人……。善悪の区別がつかない人が、軽微な罪で少なからず受刑しています。2016年に新しく刑務所に入った受刑者約2万500人のうち、約4200人は知能指数が69以下でした。受刑者10人のうち2人以上が、知的障害を疑われる人たちなんです。障害があるから罪を犯すわけではないですが……」
軽度の知的障害者は、一人で外出ができ、外見からも障害が分からない場合が多く、奇異な行動が出ると、モンスター視される。そういった状況と、法を犯すことが密接に関係しているという。福祉や家族から見放された揚げ句に困窮し、窃盗などに追い込まれるケースが多いのだ。裁判官も本音では裁きたくないが、「刑務所というセーフティーネットを利用させた方がいい」と判断する。
つまり、刑務所がまるで福祉施設になっているのが実態である。
「2006年に、下関駅が放火された事件がありました。74歳の犯人は、警察で犯行の理由を『刑務所に戻りたかったから』と供述しましたが、軽度の知的障害があり、それまで10回も放火や放火未遂で捕まっていた人でした。父親に虐待されて育ち、12歳で放火未遂を起こして当時の少年教護院に入ったとき『まるで天国だ』と感じたそうです。以来、火をつけるふりをすれば“天国”で暮らせると思い、その延長上に下関駅放火事件があったんです」
知的障害のある受刑者は再犯率が高く、平均3・8回の服役をしている。軍隊式の行進を強いられるなど自由のない塀の中が居心地いいのである。身元引受人がいると仮釈放が認められるが、2007年の1年間で、出所者全体では57%が仮釈放されているのに、知的障害者だけなら20%に過ぎない。隔離された後、一人でシャバに出て行かざるを得ない状況が、刑務所のリピーターを生み出しているといえる。
「1908(明治41)年制定の『監獄法』から、ようやく2006年に『受刑者処遇法』に全面改正されたのを機に、今、半官半民の新しいタイプのPFI(プライベート・ファイナンス・イニシアチブ)刑務所が全国に4カ所できています。私が関わっているPFI刑務所では、盲導犬の子犬を育てたり、プロのクラウン(ピエロ)を講師に感情表現の練習をしたりと、出所後の社会復帰に向けた、独自のトレーニングや教育が行われています」
たとえ知的障害があったとしても、親が亡くなったら悲しいし、褒めてもらうとうれしいといった人間としての気持ちは健常者と100%同じだという。「自分たち」「彼ら」と分けて考えず、同じところに目を向けよう――。そんな熱い思いが行間から伝わる本だ。 (大月書店 1500円)
▽やまもと・じょうじ 1962年生まれ。元衆議院議員。2000年に秘書給与流用事件の実刑判決を受け、1年2カ月間、服役。その獄中体験を書いた「獄窓記」で新潮ドキュメント賞を受賞。他著に「続 獄窓記」「累犯障害者」など。長年、高齢受刑者や障害のある受刑者の社会復帰支援に取り組み、PFI刑務所の運営アドバイザーを務める。
◆イベント 山本譲司氏とゲストによる「刑務所を通した社会的包摂」を語るイベントを7月28日に開催。参加方法・詳細=https://maga45.peatix.com