金鳳花のフール
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(92)渦は落ち葉のバレリーナを弄ぶ
クルシマについて調査をするとすぐに母親の存在が知れた。彼が母親に会うために密航を繰り返していたこともわかった。母親が教鞭をとっていた大学の関係者、友人知人をたどれば母親の入居している施設を割り出すの…
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(91)タキグチの手に楽器のような陶土の銃
タキグチは懐から銃を出した。土の銃だ。あの通話機と同じように釉薬がかけられ、インディオの身体装飾の紋様がほどこされている。 「彼の身体は一度分子に戻されたのです。向こうへ還って再生します。ただ…
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(90)骨壺を抱えたクルシマが粉塵となって散る
タキグチは車から降りたところだった。 「やあ、これはこれは。朝早くから要人殿のお出ましだ」 綾瀬は足元をふらつかせて玄関口の階段を下りた。芝居ではなく実際にまだ体が揺れている。 …
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(89)バーボンと接着剤の臭気で酩酊状態
窓ガラスがほんのり明るい。綾瀬はそれを日没前の光だと思った。クルシマを火葬場まで迎えに行き、カヌー工房まで連れ帰った。 二人の男はバーボンのサウナに入ったような時間を過ごした。 クル…
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(88)狸の顔の下から美少年が
池の底から引き上げた狸の溺死体が横たわっている。綾瀬は獣の遺骸を見下ろしていた。 狸の顔から毛が抜け落ちもとの人間に戻っていく。四十歳の酒井亮。「酒井義肢製作所」代表取締役副社長。その顔が消…
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(87)白い毛が生え、綾瀬は兎の姿に
亮は綾瀬を指差して笑っていた。 綾瀬の全身は白い毛に覆われていた。口からは門歯が飛び出し、真っ赤な目は顔の側面についていた。長い耳がアンテナのように立っている。綾瀬は兎の姿になっていた。着ぐ…
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(86)亮の本質は12歳の少年なのか
綾瀬は手を伸ばして水をすくい顔を濡らす。 「水は連想させる。たとえば、酒井家の浴室はこの池みたいな匂いがするだろうか、いや、あそこの浴槽ならもっと水草の生い茂る沼の匂いに近いんじゃないか、とか…
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(85)十分な深みまで来て漕ぐ手を止める
綾瀬は階段を下りた。 作業場には「馬」とよばれるカヌーを載せておく台がペアで置いてある。防塵マスク、電動工具の使用電気量に耐えうる太くて重いコード、換気設備、その部屋は日曜大工を趣味とする男…
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(84)父親はそのとき十二歳でした
「いや、そういうものとはまったく違うような気がする。もっと手に触れられる範囲の場所と考えたい。最高度のフィクションは最良質の宇宙的意思を形に現す。生命の冒険は実践の哲学にのっとって遂行しなきゃ」 …
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(83)大鳥は黒ラシャの夜会服で飛来
翼が伸びる。風切羽が上下する、尾羽の角度を見よ──。 綾瀬は黒ラシャの上着、黒絹のズボン、白リンネルのシャツ、白リンネルのチョッキと蝶ネクタイ、黒エナメルの靴を設定した。翼長五十六メートルの…
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(82)目的地の上空で挨拶のセレモニー
ある鳥の一族は父親が息子を自分の胸腔の中で育てる。三歳までは母親の手に。そのあとは父親が胸の空洞に息子を入れて成長させる。遊ばせ、空の飛び方を教え、学問を修めさせる。息子が十五歳になると父親の胸腔は…
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(81)蛾の一族は頭頂部が扁平なんだ
「初老の女性が三人来て遺骨はどこかのお寺の納骨堂に持って行くとか言ってた。ぼくは彼女等が席を立った隙にお骨を抱えて逃亡したわけだ」 綾瀬は車を走らせる。クルシマの膝の上で骨壷が音を立てる。 …
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(80)火葬が終わり次第、そちらへ行く
大きくなりたい。体を膨らましたい。お父さんのように、お母さんのように。いや、もっともっと、成熟した人体を超えたい。どこかにある宇宙を統括する魔法の杖が動いてそれを叶えたのか。 「水子寺」の駐車…
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(78)駄々をこねた水子にタックル
ホテルを抜け出した男達はタキグチにすんなりと従った。 無断外出から六時間以上が経っている。つかの間の「現世の休日」を彼等も楽しんだであろう。全員が酔っていて足取りが怪しい。 綾瀬も彼…
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(77)白雪姫はよく見れば菩薩の顔
タキグチは麒麟の首のついた玩具の列車にまたがっている男に喋りかけた。彼は汽車の前と後ろに子供を座らせていた。 「無断外出は規則違反ですぞ。お帰りいただかないと」 タキグチは男の腕をやん…
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(76)水子たちは子供に囲まれご機嫌
「綾瀬さん」 タキグチは眉間に皺をよせていた。 「私共は実在する水子の国からやって来た本物の胎児ですぞ。このようなあざとい子供だましの似非救済施設を容認できるわけはありません。苛立ちます…
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(75)山肌を埋める水子地蔵の列
いつの間にか見知らぬ水子が立っていた。影のように現れたのだ。若い、いかにも機敏そうな水子だ。タキグチのものほど上等ではないがやはり英国風のコートを着ていた。頭の上にはもちろん中折れ帽子。 若…
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(74)あなたも我々の仲間でしたからね
「じゃあ、クルシマ氏のツアー参加はすでにマークされていたんですね」 綾瀬は唾を飲み込んだ。 「そうなのですが、身柄を拘束するわけにもいかず、こちらとしても緩やかな監視しか手立てはなかった…
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(73)水子大観光団の8人が行方不明
タキグチとは反対側の窓際にソファが置いてある。綾瀬はそこに腰を下ろした。 タキグチの会話は長引いている。頑健な声帯から流れ出す彼の声は耳に心地いい。この声が捩じれた壺のような機器をくぐると変…
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(72)母親と妹が手をつないで森を歩く
綾瀬とタキグチは二人の女から少し離れて立っている。突っ立っている男二人とくっつきあった女二人。生き物としての位置が最初から振り分けられている。雄は間抜けで、雌の添え物で、雌が舞台を暗転させる意思を示…