「シブいビル」鈴木伸子著 白川青史写真
1964年のオリンピックを機に、東京では都市開発が急速に進み、木造建築が次々と鉄筋コンクリート造りのビルへと建て替えられていった。今も都内に点々と残るそれらのビルは「当時ならではのデザインや工法、建材が用いられ、随所に人手のかかった職人仕事が施され」、周囲の平成生まれの建物群とは一線を画し、独特の風合いを放っている。
そんな中年男のような「シブさ」を持つ、1960年代から70年代ごろのビルの魅力を伝えるビジュアルブック。
オジサンたちの聖地である新橋は、シブいビルの聖地でもある。新橋駅汐留口の真ん前にそびえる「新橋駅前ビル」(1966年竣工)は、駅をはさんで反対側の「ニュー新橋ビル」(1971年竣工)とともに当地の2大ランドマーク。
L字や三角の積み木を重ね合わせたような複雑な形をした駅前ビルは、薄型の細長いプロフィリットガラスを用いた格子模様で全体が覆われ、竣工時はさぞや近未来的な景観だっただろう。かつては受付嬢がいたという大理石の1階受付カウンターなど、当時は東京でも最新の高級感あふれる場所だったが、時代とともに熟成され、今は迷宮のような地階の飲み屋街が象徴する庶民的な味わいを醸し出している。
一方、サブカルチャーの牙城として名高い「中野ブロードウェイ」(1966年竣工)は、日本初の高級ショッピングモールと高級分譲マンションの複合体として建設された。5階から10階までの居住部の広い廊下や玄関ホールには赤いカーペットが敷き詰められ、ホテルさながら。さらに屋上には居住者用のプールや池のある日本庭園など別世界が広がる。
高度経済成長期のこうした建物は、有楽町の「東京交通会館」(1965年竣工)や「有楽町ビル」(1966年竣工)の階段ホールを彩るモザイク壁画や陶板タイルなどのように、バブル時代の建物とはまた一味違うお金のかけ方がされており、細部の意匠までが凝っている。
その他、ゴシック建築のような尖塔状アーチ形の窓が特徴の王子駅前の総合レジャービル「サンスクエア」(1972年竣工)や、宇宙ステーションのようなエレベーターホールなど各所に贅を凝らし、竣工当初は東洋一のオフィスビルとして観光バスも立ち寄る東京名所だったという「パレスサイドビル」(1966年竣工)、日本初の全面大理石張り仕上げという建設機械メーカー・コマツ本社ビル(1966年竣工)など20棟のビルを取り上げる。
4年後のオリンピックに向けて再開発が進む中、この中にも取り壊し・建て直しが決まった建物もある。スクラップ・アンド・ビルドが繰り返される東京の街の中で、年輪を重ね、円熟味を感じさせる貴重なビルの魅力を再発見させてくれるおすすめ本。(リトルモア 1700円+税)