「新訳 夢判断」フロイト著、大平健編訳

公開日: 更新日:

 名前だけ知っていても中身を読んだことがないというのは古典の常だが、この「夢判断」も完読した人は少ないのではないか。空を飛ぶ夢を見ると欲求不満だとか、ステッキは男性器の象徴だとか、断片的な知識のみが流通して、何やらいかがわしいイメージを持つ人もいる。「ロリータ」を書いたナボコフらもそうで、彼の作品のあちこちにフロイトを揶揄(やゆ)、嫌悪する文言が出てくる。

 とはいえ、ナボコフも含めて、批判する人たちがどこまでフロイトの著作をきちんと読んでいたかは疑わしい。

 今回の「新訳」を読むと、そうした俗説がきれいに取り払われる。本書で取り上げられる夢の具体例はほとんどがフロイトのもとへ治療に通っている患者のものであり、その夢の解釈は医者と患者との対話(自由連想法)から導かれていることが分かる。フロイトも、ここで取り上げている夢解釈を安易に一般化することを戒めている。個々の患者の成育歴や子供時代の思い出などを引きながら、フロイトは名探偵のごとくその夢の謎をひもといていく。

 このあたりは臨床医としてのフロイトの面目躍如たるところ。フロイト自身が見た夢も多数登場し、自分の夢を分析し、「やれやれ。私はまたも教授の称号を欲しがっているということか」などと嘆息している。

 そうしたフロイトの姿がすんなり頭に入ってくるのは、自身優れた精神科医でもある編訳者の功績だ。最初につまずく第1章の退屈な文献解説を大胆に省略し、専門用語には適宜、丁寧な注を挿入するなど、読みやすくするための工夫が施され、要所要所にフロイト理論の勘所を簡潔に解説していて、入門書的な役割も果たしている。無意識という未知の領野に突き進んでいくフロイトの姿が、生き生きと伝わる名訳だ。 <狸>

(新潮社 2500円+税)

最新のBOOKS記事

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1

    巨人が戦々恐々…有能スコアラーがひっそり中日に移籍していた!頭脳&膨大なデータが丸ごと流出

  2. 2

    【箱根駅伝】なぜ青学大は連覇を果たし、本命の国学院は負けたのか…水面下で起きていた大誤算

  3. 3

    フジテレビの内部告発者? Xに突如現れ姿を消した「バットマンビギンズ」の生々しい投稿の中身

  4. 4

    フジテレビで常態化していた女子アナ“上納”接待…プロデューサーによるホステス扱いは日常茶飯事

  5. 5

    中居正広はテレビ界でも浮いていた?「松本人志×霜月るな」のような“応援団”不在の深刻度

  1. 6

    中居正広「女性トラブル」フジは編成幹部の“上納”即否定の初動ミス…新告発、株主激怒の絶体絶命

  2. 7

    佐々木朗希にメジャーを確約しない最終候補3球団の「魂胆」…フルに起用する必要はどこにもない

  3. 8

    キムタクと9年近く交際も破局…通称“かおりん”を直撃すると

  4. 9

    フジテレビ「社内特別調査チーム」設置を緊急会見で説明か…“座長”は港社長という衝撃情報も

  5. 10

    中居正広「女性トラブル」に爆笑問題・太田光が“火に油”…フジは幹部のアテンド否定も被害女性は怒り心頭