「国家の統計破壊」明石順平氏
「アベノミクスの失敗を隠すために、政府は統計をごまかし始めました。『賃金』と『消費』という、国民に最も関係の深い統計において、数字が操作されています」
本書は基幹統計が都合よく操作されている実態を暴いた一冊。著者は誰もが入手可能な公的データを使って、統計破壊とも呼ぶべき異常事態を明らかにする。
歪められた統計のひとつが、2018年8月に発表された「賃金21年ぶりの伸び率」だ。同年6月の毎月勤労統計調査速報値における名目賃金伸び率が3・6%を記録したというものだが、実際は、大幅な「かさ上げ」が行われていた。
「賃金の算出方法はいくつか変えられているんですが、中でも私が賃金上振れの“真犯人”と考えているのが『日雇い外し』です。18年1月から『常用労働者』の定義が変えられ、一般に賃金の低い日雇い労働者を除外して賃金計算がされるようになりました。その結果、平均賃金が上がった。実に単純な問題なんです」
この“日雇い外し”が行われたのは、厚労省の役人が官邸に呼ばれるという事件の後だった。そのため、圧力を受けた官僚たちが賃金を上げることを画策したのでは、と著者は言う。
さらに賃金と並んで見逃せないのがGDPのかさ上げである。16年12月にGDPは大幅改定されたが、注目すべきは、国際標準の基準値(2008SNA)への変更という大義名分を隠れみのに、「その他」の部分で数字が巧妙に操作されている点だ。著者はそれを「ソノタノミクス」と名付け、徹底的に追及する。
「GDPに影響する数値の中でも、特に消費に関する数字がいじられています。第2次安倍政権になって、53の統計手法が見直されているんですが、そのうち38件がGDPに影響している。さらにその中の10件は各省庁から申請もないのに、統計委員会(総務省)がトップダウンで見直している。やりたい放題と言っていい状況なんです」
背景にあるのは、アベノミクスの失敗を覆い隠したいという思惑だ。
「結局、消費が低迷しているからですね。アベノミクスを一言で総括すると、賃金はほとんど伸びないのに、物価だけが急上昇したため消費が冷えた。これを『ソノタノミクス』で必死に隠そうとしているわけですが、隠しきれていないのが間抜けですよね」
アベノミクス以降、「その他」によってかさ上げされた額の平均値は5・6兆円。改定前と改定後のGDP推移がいかに違っているかは、本書掲載のグラフを見れば一目瞭然で、唖然とする。
著者は本書の終盤で、こうしたやりたい放題がまかり通る原因となった自民1強や小選挙区制の弊害を分析している。その上で、野党は安倍政権に対抗するために「賃金を上げる」ことを争点にすべきだと語気を強める。
「米国やユーロ圏と比較すると、日本だけ賃金が上がっていない。そうした状況で、来月から消費税が上がります。アベノミクスの失敗が隠蔽されている異常事態のツケは、国民に来ています。国民はだまされたまま低賃金で使い捨てされ、どんどん貧乏になっている。だから長時間労働は減ることなく、不幸な過労死が続くんです」
著者は労働事件を専門とする弁護士だ。長時間労働に苦しむ人々を目の当たりにし、帰宅後、深夜まで執筆を続けたという氏を動かしているのは怒りだという。本書に書かれているのは、知るには覚悟のいる恐ろしい真実だ。だが、知らなければ、さらに恐ろしい未来が待っているはずだ。
(集英社インターナショナル 820円+税)
▽あかし・じゅんぺい 1984年、和歌山県生まれ。弁護士。東京都立大学法学部、法政大学法科大学院を卒業。主に労働事件、消費者被害事件を担当。著書にアベノミクスの失敗を指摘した「アベノミクスによろしく」、日本財政の問題点を指摘した「データが語る日本財政の未来」がある。