「はっとりさんちの狩猟な毎日」服部小雪氏
横浜郊外の閑静な住宅街で、イノシシの骨が軒下にぶらさがり、ベランダには干したシカ生皮、庭ではオスのニワトリが全速力で駆け回る家がある。本書はそんな野性的な暮らしをイラストと共につづったエッセーである。
アラフィフの主婦である著者の夫・文祥氏は、山岳雑誌の編集者として働くかたわら、食料を現地調達しながら山を登るサバイバル登山家だ。都会でお金も稼いでくるが、山から獲物を担いでもくる。
「狩猟免許を持つ夫は時々、出張ついでに岡山の山で、ヌートリア(外来種の大ネズミ)を仕留めてくるんですが、去年の冬は8匹ほど持ち帰りました。臭みがあって地元の方も食べませんが、丁寧に脂肪をとれば鶏肉のようにさっぱりして、おいしいですよ。子供たちのお弁当に唐揚げにして入れたら好評でした」
時には鹿が丸ごと1頭、運ばれてくることもあり、皮を剥いで解体し、毎日、煮たり焼いたりと消費する。肉は友人に分けるが、肉が少しついた骨を捨てずに軒下に吊るせば小鳥たちがやってくる。剥いだ小鹿の皮はよく乾かしなめして敷けば暖かい。
「結婚前はまさかこんな野生動物を食べる暮らしが待っているとは思いませんでした。いくら山が好きでも私は都会のマンション育ち。本当は、おしゃれでロハスな暮らしに憧れていたんですけど……」
獲物の調理にも慣れたころ、狩猟に飽き足らなくなった夫が突然、ニワトリを買ってきた。
「都会で飼えるか不安になりました。最初のころはニワトリが逃げ出し、近所の庭を荒らしてしまい、あわてて柵を作り、卵を持って謝りに行ったことも。でも、夫に巻き込まれているうちに考え方が変わったのか、たとえ失敗しても、それは自分の血肉となると思えるように。小さな生活の変化が未来につながっていくような気がするんです」
普段、口にしているニワトリでも、飼ってみれば新しい発見がある。本書の「庭を荒らすニワトリたち」「病気になったパープル」などで描かれるニワトリの豊かな表情の数々は、家族として暮らしているからこその発見だろう。
「ニワトリが死んだとき、悲しかったけれど死を無駄にせず解体し、あっけなくおいしい鶏肉として食卓に上がるんです。それ以来、スーパーの鶏肉であっても、誰かにとってのかわいい家族であったかもと感謝して食べるようになりました。全国の学校でもこういう経験ができるといいですよね」
できる限り自分の手で肉や卵を手に入れ、中古で買った家の壁や床は自分で直し、服も破れたら縫って大切に着る。手間はかかるが丁寧な都会暮らし。読み進めていくうちに、変わっているはずの服部一家のほうが、日本の歴史の中で続いてきた“普通”の暮らしを手にしているのではないかと気が付く。
変わった夫との暮らしは、今もなお、驚きの連続であるようだ。
「仕事なのか遊びなのか、夫は年間150日くらい山にいます。初めての子が産まれた直後だろうと、2歳と4歳の子がいる時期だろうとお構いなし。プライベートで1カ月も雪山縦走に行ってしまったときは、本当につらくて。子供は『お父ちゃん、熊に食われたんじゃない?』と無邪気に言うし。今でも私が『あのときは大変だった!』と訴えると、『俺の方が絶対、大変だった!』って真顔で言い返すんです。もう唖然とするしかありません(笑い)」
(河出書房新社 1500円+税)
▽はっとり・こゆき 1969年生まれ。イラストレーター。女子美術大学美術学科洋画専攻卒、同大学ワンダーフォーゲル部出身。夫と2男1女と横浜に在住。