「日本の異国」室橋裕和氏
お隣は外国人――近い将来、そんな話は珍しくなくなるだろう。海外からの移住者は2017年に250万人を超えた。留学生や短期滞在者を入れればその数倍となる。
いつの間にか日本は「移民大国」に変貌していたのだ。
本書はその移民の生活や実態に迫った異色のノンフィクションである。
「タイで10年間、僕自身が移民として生活していましたが、移民の多いタイではお隣さんが外国人なんて当たり前で、特別扱いもなく、それが心地よかったんです。帰国したら、いつの間にか日本も外国人が激増している。調べてみれば、高田馬場はミャンマー人、竹ノ塚はフィリピン人、神奈川県大和市はベトナムやカンボジア、ラオスの人々、西川口は中国人、八潮市はパキスタン人というように、同国人同士、同じ町に固まって住んでいることが分かりました」
彼らが日本でどのように暮らしているのか興味を持った著者は、東京近郊の14の移民の多い町を訪ねて歩いた。
「西葛西にインド人のIT技術者が多く住んでいるのは、コンピューターが誤作動を起こすのではないかと騒がれた2000年問題がきっかけなんですね。急きょ、インドからIT関連の技術者を雇い、大企業や官庁に通いやすい東西線の駅、西葛西に集まったからだそうです」
インド人が多いとはいえ、横浜の中華街のようにインドレストラン街があるわけではない。どこにでもある普通のベッドタウンに見えるものの、4000人のインド人が暮らすリトル・インディアとして急成長。インド人学校や寺も建てられている。
「パキスタンでは日本の廃車寸前の5万円の中古車が、10倍の値段で売れるらしくて、パキスタン人が次々と埼玉県八潮市に引っ越してきたのは、そこに中古車のオークション会場や小さな町工場が多いのが理由です」
タイトル通り、海外にいる気分を味わえる町もある。
中国人が集まる西川口の精肉店では、茹でた豚の顔面が丸ごと売られていたり、高田馬場の駅前ビルに一歩、足を踏み入れれば、少数民族のレストラン、エスニックな食材が並ぶ食材店、ミャンマー人御用達の旅行代理店などが並び、ディープなミャンマーワールドが広がっている。
本書はガイドブックではないが、本場の味を楽しめるレストランも紹介されており、思わず訪れてみたくなる。
「移民というと、犯罪やゴミ出し問題、騒音、技能実習生への過酷な扱いなど暗いニュースが多いですね。露骨に嫌な顔をして移民を差別する日本人もいます。島国だし、単純に分からない文化の人が怖くて警戒してしまう気持ちも分からないではありません」
しかし、移民の人たちから教わることも少なくない、と著者は語る。
「25年前から足立区で暮らし、現在はパブのママであるフィリピン人女性は、客であっても横柄な態度の若者をきちんと叱るんですね。母国では他人の子も叱って育てる文化がある。そんな母性あふれるママに教えられたり、日本の昔の伝統を思い出したりする日本人客も多いはずです。顔を合わせているうち、次第にお互い尊敬しあえる関係に変わっていくんですね」
本書は単なるデータ本や研究書ではない。町で見かけても今まで実態が分からなかった、日本の移民たちの本音を優しい目線で拾い集めた貴重な一冊だ。
(晶文社 1800円+税)
▽むろはし・ひろかず 1974年生まれ。週刊誌記者を経てタイに10年間、移住。現地発日本語情報誌のデスクを務め、帰国後はアジア専門のライター、編集者として活動。著書に「海外暮らし最強ナビ アジア編」「おとなの青春旅行」など。