「世界物語大事典」ローラ・ミーラ総合編集 巽孝之日本語版監修/越前敏弥訳
物語は、私たちを存在しない世界への旅に連れ出し、そこでの思考体験は常に新しい何かをもたらしてくれる。そしてまた物語は、次の新たな物語を生み出す創造の源となってきた。本書は、紀元前から現代まで、人類に読み継がれてきた物語を一望するビジュアルガイドブック。
あらゆる作品の原点は、神話や寓話、民間伝承などの人類最古の物語の中にある。
その源流に位置する世界最古の偉大な文学作品のひとつが、紀元前1750年ごろにバビロニアで生まれた「ギルガメシュ叙事詩」だ。紀元前700年ごろに定まった形となったといわれるこの叙事詩は、伝説のギルガメシュ王の偉業と不死をむなしく求めるさまを記しながら、人間という存在にかかわる普遍的なテーマに迫っていく。
重厚なテーマを内包しながらも、この世ではない想像上の世界を舞台にして、巨人やサソリと人間が合体したような奇怪な生き物が登場する作品は、現代のファンタジー小説ばりの豊かな物語世界を構築している。驚くことに、新たな断片の発見が今なお続いており、物語はそのたびに重厚さを増し、いつか完全な形で復元される日が来るかもしれないという。
オウィディウスの「変身物語」(後8年ごろ)は、1万2000行を超える長大なラテン詩で、読者をギリシャ・ローマ神話へ誘う。著者は意図して変身や変化で結末を迎える250以上の物語を選んでおり、その多くは今も知られ、中には現代語としてその痕跡をとどめているものもある。
例えばおしゃべりな妖精のエコーは女神のユノから罰を受け、何を語りかけても最後の数語を繰り返すことしかできなくなった。美少年のナルキッソスに恋をしたエコーだが、蔑まれ、痩せ衰え、最後にその声だけが残った。それが私たちがよく知る「エコー(こだま)」だ。
一方のナルキッソスも自分自身にだけ恋をするように呪いをかけられ、水面に映る自分の姿を見続けて花になる。それがナルシス(水仙)と呼ぶ花だ。
以後、現代小説の端緒と評されるミゲル・セルバンテスの「ドン・キホーテ」(1605年)をはじめ、女が権力を持ち男が虐げられる架空の母権社会を描いた現代のフェミニストによる風刺文学の傑作、ゲルド・ミューエン・ブランテンベルグの「エガリアの娘たち」(1977年)など、エポックメーキングとなった作品から、村上春樹の「1Q84」や、人間の肉体に閉じ込められてしまったAIを主人公にしたアン・レッキー「叛逆航路」3部作(2013~15年)などの最近の注目作まで、死ぬまでに読んでおきたい98作を網羅。
数学教師が知人の3姉妹に語って聞かせた物語が元となったルイス・キャロルの「不思議の国のアリス」(1865年)。その3姉妹のひとりアリスの写真をはじめ、貴重な写本や、挿絵、物語を題材とした絵画や映画の一場面など。多くの図版で読者を豊かな物語の世界へと誘う何ともぜいたくなブックガイドだ。
(三省堂 4200円+税)