「死を招くファッション」アリソン・マシューズ・デーヴィッド著/安部恵子訳
産着から死に装束まで、多くの人はその生涯を衣服に守られて過ごす。ゆえに人は、その着心地からデザイン、そして流行に敏感となり、常に革新を求めてきた。
華やかに見えるそうしたファッションの歴史の裏では、実は悲劇が繰り返され、作る側と着る側の双方に多数の犠牲者を生み出してきた。
本書は、19世紀から20世紀前半にかけて起こった“命を脅かすファッション”の歴史にスポットを当てたビジュアルテキスト。
映画や絵画でお馴染みのヨーロッパの女性たちが愛用する腰の部分が異様に広がったスカート。このスカートの形状を保持する補正下着ペチコートは、16世紀から着用されてきたが、18世紀になると過剰となり、現存するものの中には横幅が約1・8メートルに及ぶものまである。こうしたフープスカートは、やがて円形になり、「鳥籠型クリノリン」として生まれ変わるが、かつては裕福な女性たちの衣装だったこれらは誰もが着用するようになり、工場で働く女工たちが機械に巻き込まれるような事故が起きたという。
一方で洋服は疫病ももたらした。1812年、ロシアから撤退中のナポレオン軍の兵士数万人が発熱。現在のリトアニアの首都ビリニュスにたどり着いた2万5000人の兵士のうち、生き残ったのはわずかに3000人だったという。
発掘された歯髄を調べると、3分の1近くの兵士が発疹チフスなどシラミ由来の病気に感染しており、シラミのたかった不潔な軍服が原因だったと思われる。
ビクトリア時代に首相を務めたロバート・ピール卿の娘も父親から贈られたオーダーメードの乗馬服が原因で、発疹チフスによって婚礼直前に死亡した。仕立屋が依頼した貧困層のお針子の家でスカートが汚染されたのだ。発疹チフスはこうして着るものを通して社会の各層の人々に感染しうるものだった。
また、優雅な女性たちがスカートの裾を引きずることによって、病気を家に持ち込むと非難の対象にもなったという。
「ファッションは命がけ」などといわれるが、本書を一読すれば、それが決して比喩的な表現だけではないことを思い知ることになるだろう。
悲劇を生み出すのは女性のファッションだけではない。男性の帽子もつばが幅広や狭いものなど時代時代にさまざまなタイプが流行したが、それらを作る獣毛フェルトの製造には水銀が欠かせなかったという。現存するこの時代の獣毛フェルトの帽子は、今でも健康被害を引き起こす可能性があるそうだ。
その他、ドレスや髪飾りの着色に使用されたヒ素や、有毒化学物質のベンゼンが原料のアニリン染料、多くのダンサーたちの命を奪った燃えやすい舞台衣装など。当時の事件や出来事を取り上げながら、ファッションをめぐる負の物語を紹介。
そして厚底靴による転倒や発展途上国でのファッション産業災害など、華やかな世界の裏で、今も悲劇が起き続けていることを静かに伝える。
(化学同人 3500円+税)