「羽音に聴く 蜜蜂と人間の物語」芥川仁著
北海道から沖縄まで全国39人の養蜂家を訪ね歩き、その仕事の現場に密着したフォトエッセー集。
養蜂家の朝は早い。北海道の今城さん夫妻は朝4時、トラックで森の養蜂場に向かう。蜜蜂が活動を始める前に採蜜を終えるためだ。
熊よけの電柵に囲まれた養蜂場では、トラックから降ろされた遠心分離機が設置され、工場のように作業が進められていく。
蜜蜂たちが集めていたのは、清涼感のある香りと濃厚な甘味で蜂蜜の中でも特に人気が高いシナノキ(菩提樹)の蜜だ。シナ蜜の採集が終わると、養蜂家は蜜蜂を越冬させる準備に入る。
蜜蜂は、人の世話がなくては花のない冬を生き抜くことができない。蜜蜂と人間は共生の関係ともいえ、天敵のスズメバチの来襲から蜜蜂を守るのも養蜂家だ。
島根県浜田市の養蜂家、中山正さんは元高校の生物教師。教科書に必ず出てくる蜂の「8の字のダンス」を一度見てみたい、生徒にも見せたいと一箱を飼い始めたのが養蜂の道に入るきっかけだった。
飼い始めたら増やしたいし、蜂蜜をとってみたい。
しかし、養蜂には蜜源となる樹木や気象、蜜蜂の生態にも詳しくなければならないが、それぞれに地域性があり、本を読んだだけでは分からない。そこで出会った地元の養蜂家に指導を受けたら、採取量が一気に10倍も増え、のめり込んでしまったという。
養蜂家たちは、巣箱に異変を感じて飛び交う幾千もの蜜蜂たちを、我が子を扱うようになだめ、いとおしむように丁寧に蜂蜜を採取していく。
その作業の一コマ一コマを丁寧に記録した写真からは、蜜蜂たちの羽音や、深い森の草いきれまでが立ち上ってくるようだ。
蜜蜂に刺されないよう、面布をかぶり、つなぎの作業着にゴム手袋と万全の態勢で撮影に臨むが、刺される時には予感があるという。攻撃的な羽音がするのだそうだ。面布をかぶっていても、蜜蜂たちは、撮影のためにカメラを顔に押し当てて、顔とのスキマがなくなった面布の上から刺してくる。
蜜蜂は刺せば自分も死んでしまうことを知っていながら、身をていして仲間を守るために攻撃してくるのだ。
花から蜜をとってくる働き蜂はすべて雌。彼女たちは、一生で1万回飛び、スプーン1杯の蜂蜜を集める。ローヤルゼリーを食べ続ける女王蜂は、毎日2000個もの卵を産み続ける能力があるが、卵を産めなくなると働き蜂によって巣箱から追い出されてしまう過酷な社会。熊本の養蜂家、中村邦博さんは「ちゃんとした蜜蜂の一生を終わらせてやりたいという思いはあっとですたい」と愛情を込めて語る。
著者は蜜蜂も犬のように飼い主に似てくるといい、養蜂場で羽音を聴くと、養蜂家の人柄までが伝わってくるという。
言葉こそ通じないものの、人間と蜜蜂が共に過ごす濃密な時間を感じさせる写真にただただ見入ってしまう。
(共和国 2400円+税)