「海底の支配者 底生生物」清家弘治氏
コロナ騒ぎで飲み会も旅行も中止、在宅勤務を命じられても家には居場所がない。
会社倒産の不安やコロナ離婚の危機に、深い海の底で貝にでもなりたいと思うお父さんも多いはず。
とはいえ、その海底にも実は恐ろしい捕食生物はいるという。そのため小さなエビや貝たちは、海底の土を掘って身を隠す。
本書は、海底生物の研究者による、波打ち際から深海まで、海の底のさらに下で暮らす“底生生物”のユニークな生態を紹介した一冊だ。
「採集のため、大潮が訪れる真夜中の冬の暗い干潟を歩いたり、震災後の荒れた海に潜ったこともありました。時には、ロボットアームで深海の底に掘られた巣穴を型取りすることも。苦労は絶えませんが、まだまだ未知の世界で驚きの発見が多い分野です」
体長10センチほどのアナジャコの巣に樹脂を流し込み、巣を型取りして掘り出すと、出口と入り口を備えたY字形で深さが2メートルと体長20倍の深さがあった。170センチの人間なら深さ34メートルほどになる。
「これだけ深ければ、ウナギなどが穴に入ってきても追うことが難しい。アナジャコは警戒心が強く海底面には出ず、海流を巣穴に循環させて巣にいながら新鮮なプランクトンを食べています」
外敵から逃れ、食べ物にも困らず、広い巣穴で暮らす悠々自適な独身貴族のアナジャコがうらやましくもなるが、交尾はどうしているのか。
「一匹一穴とはいえ、都会のように過密してすんでいるので隣が近い。でも、外で交尾すると外敵がいるので、“夜這いトンネル”のような横穴を開けて隣人のメスにアクセスするようですね」
数は多くはないが、夫婦で仲良く暮らしている種もいるそうだ。
「ヤハズアナエビは夫婦で暮らし、巣の奥に食糧貯蔵庫を持っています。なぜ同居しているのかはまだ謎がありますが、一緒に暮らせば繁殖しやすいし、アナジャコと違って近所にいつも異性がいるわけではないのかも」
一方、異性どころか異種と同居しているおおらかな者もいる。テッポウエビにガードマンのように寄り添うのは魚のハゼ。敵が近づけばハゼが体を震わせて危険を教える。かわりにハゼは、エビがせっせと掘った巣穴にちゃっかり居候。著者はエビ夫婦の巣穴にハゼが夫婦で間借りしているダブルカップルの集合住宅まで発見したという。
身を守るためとはいえ種を超えた共生関係に胸が熱くなるが、そんな彼らも大自然の脅威には耐えられるのだろうか。
「大嵐により一晩で30メートルも浜が削られることも。しかし、波打ち際の地中で暮らすオフェリアゴカイは泳げません。もし地中で動かなければ海に放り出されてしまう。しかし、削られるスピードよりも速く皆で一斉に一心不乱に地中を掘り進め、一晩で30メートルも移動するんですよ」
本書では他にも92年も生きている長寿の貝や、サーフィンをして生活をする甲殻類など魅力的な底生生物が登場する。
「マンモスや恐竜が滅びても5億8500万年前に誕生した底生生物は今も続いています。災害や外敵から身を守る術や柔軟で優れた共生関係に、人類も学ぶことはあるはずです」
人類が直面するコロナの危機。底生生物の生態や行動に何かヒントがあるかもしれない?
(中央公論新社 820円+税)
▽せいけ・こうじ 1981年生まれ。広島県出身。産業技術総合研究所地質調査総合センター主任研究員。専門は海底生物の生態学、古生物学。東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻修了、博士(理学)。潜水士。