「とうがらしの世界」松島憲一著
ここ数年は第4次激辛ブームといわれている。第1次は1984年に発売された「カラムーチョ」に端を発し、86年の新語・流行語大賞の新語部門で「激辛」が銀賞を受賞した。以後、それぞれのブームの特徴はあるが、その主役はトウガラシだ。
考えてみると、トウガラシについて知らないことが多いのに気づく。トウガラシはいつ日本に伝わってきたのか、トウガラシはなぜ辛いのか……。本書はそんな素朴な疑問に答えつつ、トウガラシの知られざる魅力を存分に教えてくれる。
中南米に自生していたトウガラシは、6000年以上も前から当地で食用として利用されていた。中南米地域限定の植物であったトウガラシの運命を変えたのは、1492年のコロンブスのアメリカ大陸到達だ。コロンブスは数種類のトウガラシをスペインに持ち帰り、以後、ヨーロッパ、アジア、アフリカへと世界中に広がっていく。日本には16世紀後半から17世紀前半にポルトガルもしくは朝鮮半島を経由して伝来した。そして18世紀前半には全国で80種もの品種が栽培されていたというから、100年余りの間に急速に普及していったことがわかる。全国の寺社の参道にトウガラシ(七味唐辛子)の売店が並んでいるのも、そうした普及の表れだ。
植物は鳥や動物に食べてもらうことで種子を拡散する。実が辛いと敬遠されて不利のように思えるが、動物が果実を食べると大切な種子まで噛み砕いたり胃や腸で消化してしまい、目的が達せられない。そこでトウガラシは実を辛くすることで、動物に食べられないようにし、その代わり辛味に鈍感で種子を残してくれる鳥に食べてもらうという戦略を取ったのだ。
しかし動物の中に辛味を嫌がらずかえって好むものが現れた。人間だ。現在世界一辛いトウガラシと認定されているのはトリニダード・スコーピオン・ブッチ・Tで、かのハバネロの2・5倍。人間の辛さへの追求は果てがないようだが、各地のおいしそうなトウガラシ料理も満載で、読後、辛いものを食べたくなる。 <狸>
(講談社 1700円+税)