「『バカ』の研究」ジャン=フランソワ・マルミオン編 田中裕子訳
最近流行の行動経済学は、旧来の人間は基本的に合理的な生き物であるという〈ホモ・エコノミクス〉理論に代わって、「人間は必ずしも最大の利益を求めるわけでも、常に合理的な行動をするわけではない」ことに注目した学問だ。平たくいえば、人間は日々バカなことをしたり、考えたりしていて、誰もがバカになり得るということだ。本書には23人の一流学者、名門大学教授、その道の専門家が登場し、それぞれが「バカ」について真面目に考察したもの。
とはいっても「バカ」の定義となると難しい。本書でも「社会生活で特権を与えられるべき人間だと思い込んでいるような人」「自らの知性に過剰な自信を抱き、決して自分の考えに疑いを抱かない人間」「自分と同じ考え方、自分と同じ好みや嗜好(しこう)に属するものしかできない(人)」とさまざまなバカの定義が出てくる。共通しているのは、勉強ができない、無知、IQが平均以下といったことをバカの指標とはしていないことだ。つまり、バカは知性と関係ないのだ。
アインシュタイン、スティーブ・ジョブズといった高いIQを持つと認定されている人たちもバカな行動から免れるわけではない。それでもバカなことをしたと自覚、反省するのならばいいのだが、問題は、それをせずに常軌を逸した言動を繰り返すこと。SNSはそれを加速しているようだ。
かつて直接民主制を実現しようとする熱心な活動家であった心理学者は、SNSによってすべての人間が対等に話ができると喜んだ。しかし、「こうして直接民主制が実現することで、4分の3の人間がバカだと判明するとは思いもしませんでした」と吐露している。別の認知学者はインターネットによって、「真実とそうでないものを見分ける力」「自然や芸術における美しさを理解し、自分は何を好むかを説明する力」「倫理的・道徳的に正しい思考や行動する力」という3つの美徳が失われたという。
そうしたネットのバカな情報から逃れ、己のバカさ加減をきちんと知るためにも、本書は有用だろう。 <狸>
(亜紀書房 1600円+税)