「フィッシュ・アンド・チップスの歴史」パニコス・パナイー著 栢木清吾訳
まずい料理の代名詞というありがたくない評判を冠せられているイギリス料理だが、その理由としては、下味をつけない、食材が少ない、家庭料理の衰退などいろいろな理由が挙げられている。
それはともあれ、イギリスの国民食といわれているのがフィッシュ・アンド・チップスだ。タラやカレイなどの白身魚のフライに棒切りにしたジャガイモのフライを添えたシンプルな料理で、イギリスのファストフードの典型だ。本書はその形成の歴史を19世紀以降の移民史と絡めながら述べたもの。
フィッシュ・アンド・チップスは魚の衣揚げ(フィッシュ)とジャガイモの揚げ物(チップス)という別途の発展を遂げた2つの料理が19世紀半ばに合体したものだ。19世紀に入って漁法の進化や輸送手段の発達により生魚の供給量が増大し、それまで高価だった生魚が低価格で手に入るようになり魚の衣揚げ料理が定着し、一方のフライドポテトも19世紀には日常食として広く普及する。油で揚げるという共通項が2つを結び合わせ、安価な大衆食として人気を博した。
中でも共働きで低賃金の労働者階級の日常食となり、1905年には、フィッシュ・アンド・チップス専門店は全英で2万5000軒に達し、以後、数十年間、イギリスにおけるファストフードの王者として君臨した。
興味深いのは、イギリスの「ソウルフード」と称されているフィッシュ・アンド・チップスだが、そのもととなる魚の衣揚げはユダヤ人がもたらしたもので、チップスの方はフランスから入ってきた可能性が高いということだ。つまりどちらも移民がもたらした食文化であり、イギリス土着の料理ではない。またフィッシュ・アンド・チップスの経営者の多くは移民で、現在でもギリシャ系キプロス人、中国人が多数を占めているという。
要するに、フィッシュ・アンド・チップスにはさまざまなエスニシティーが混在しており、それがひとつになって「イギリスらしさ」がつくられているのだ。ナショナリティーとエスニシティーの在り方のヒントがそこにはある。 <狸>
(創元社 2400円+税)