「お酒はこれからどうなるか」都留康氏

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 酒好きか下戸かにかかわらず楽しめる本書では、経済学者である著者ならではの切り口で、日本の酒のこれからを考察。消費と生産の現場を通じて酒の歴史と未来を分析しており、経済学・経営学の本としても参考になる。

「長引くコロナ禍による“家飲み”へのシフトはもちろん、人口減少や酒離れによる国内消費の低迷など、酒を消費する環境は大きく変化しています。一方で、生産の現場では、これまでの常識にとらわれない酒づくりが活発になるなど、新たな挑戦による市場も生まれています」

 新規製造免許の不発行という、酒類の中では最も厳しい参入規制があるのが日本酒で、国内消費も事業者数も減少の一途をたどっている。

「通常ならば衰退産業として、新規参入を試みる例はないはずです。ところが、参入規制を何とか突破しようと奮闘する挑戦者たちが登場しています。例えば、福島県の南相馬市の株式会社haccobaは、東日本大震災により人口がゼロになった地域で、酒蔵を拠点とした再生という社会的目的を持って設立。清酒製造免許が下りないため、『その他の醸造酒』で製造免許を取得しています」

 日本がダメなら海外でという考え方を実践し、パリにsake醸造所をオープンした株式会社WAKAZEの事例なども紹介している。

「参入規制は近年、部分的に緩和の方向にあるものの、全面的に撤廃することは国、業界団体、新規参入者の力関係で決まるため容易ではない。しかし、日本酒は近年グローバル化しており、実は衰退産業ではありません。グローバルに競争するには新しい血と斬新な発想が必要で、その意味でも私自身は全面的に緩和すべきと考えています」

 本書では日本ワインやクラフト・ジンなどの他に、日本の代表的なリキュールである梅酒についても取り上げているのが興味深い。

「元来は家庭でつくられてきたものであり、市場が存在しませんでした。そこに市場を生み出したのが、チョーヤ梅酒株式会社。市場が形成されるや参入してきた大手に対し、高品質路線をブラすことなく、CM費用も惜しまずブランドを確立してきました。そして近年の梅酒市場には、健康効果など梅の応用領域に着目する新たなメーカーも登場しています」

 消費という部分では、江戸時代に遡る居酒屋の成り立ちと近年の専門店化などから、企業活動や経営管理についても述べている。

「製品差別化は競争優位獲得のための重要な手段です。しかし、それ以上に大切なのは需要を創出すること、つまり今はない市場をつくり出すことです。酒業界には、そこに成功している例があることを知ってもらいたいですね」

 徹底した現場主義による聞き取り調査と、豊富なデータの掲載を両立させながら、多様化する日本の酒業界を展望する本書。酒業界以外のビジネスパーソンにとっても、読み応え抜群だ。

(平凡社 990円)

▽都留康(つる・つよし) 1954年、福岡県生まれ。82年一橋大学大学院経済学研究科博士課程単位取得退学。95年一橋大学教授を経て同大学名誉教授。新潟大学日本酒学センター非常勤講師。「お酒の経済学─日本酒のグローバル化からサワーの躍進まで」など著書多数。

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