「たんぽぽ球場の決戦」越谷オサム氏
炎天下の県営大宮公園野球場。9年前の夏の埼玉県大会決勝戦。甲子園出場が決まる最終回のマウンド……。主人公の大瀧鉄舟は、何度もあの日の悪夢にうなされていた──。
夏の甲子園真っ最中の今にピッタリの本作は、著者初となるスポーツ小説である。とはいえ、舞台はプロの世界ではない。〈野球で挫折した人大歓迎!〉。そんな呼びかけで結成された草野球チーム「ダンデライオンズ」の物語なのだ。
「音楽がテーマの作品は執筆してきましたが、身体表現が肝となるスポーツ小説も書いてみたいと思ってきました。私自身も少年野球の経験があり野球好き。中でも高校野球は、見ている我々の感情も揺さぶる独特な魅力があります。そこで、甲子園に挫折した元高校球児の物語に挑戦しました」
20代半ばの主人公・鉄舟は、かつて強豪校のエースとして活躍し、超高校級ともてはやされていた。しかしあと一歩で甲子園に届かず、肩を壊して野球をやめてからは、倉庫でアルバイトをするだけの引きこもりのような毎日を送っている。
「部活動などでスポーツを経験してきた人は、記録が伸びない、ライバルに負けるなど挫折を経験したことがあると思います。ダンデライオンズのメンバーも挫折経験者ばかりなので、感情移入できる登場人物が見つかるかもしれません。ちなみに、小説に出てくる小学生相手に怒鳴りまくる昭和のコーチのせいで野球をやめてしまったメンバーのモデルは、私です(笑)」
母親の策略で地元の広報紙に草野球メンバーの募集広告を出されてしまい、気乗りしないながらも再び野球をすることになる鉄舟。しかし、集まってきたのは、キャッチボールしか経験のない女性や丸々と太った青年、プレーは40年ぶりの中年男性ら、何やらいわくありげなデコボコメンバー。“強豪校のエース”のプライドを捨てきれない鉄舟は、練習にも身が入らない。
「スポーツに限らず、過去の栄光を手放せない人は結構いるものです。年齢を重ねるほど、かつての成功体験にとらわれて変わることが難しくなるかもしれませんが、周りから見れば“まだあんなこと言ってるよ”と滑稽にうつってしまう。過去は過去として、前に進まなくてはならないんです」
練習後、コーチを引き受けてくれた高校のチームメートであり唯一の親友の航太朗に、「まだエースのつもりなの?」と痛烈な叱責を受ける場面が印象的だ。しかし、そこから鉄舟は変わる。航太朗はかつて「野球、あきらめんなよ」と泣いてくれたことがあった。そんな彼をこれ以上がっかりさせたくない。もう一度、野球と向き合うことで、傲慢だった自分にも気付かされていく。そしてついに、初の対外試合を迎える。
「野球シーンはしつこくなりすぎないよう、でも情景がリアルに浮かぶよう、さじ加減に注意しながら描きました。野球に詳しくない人にも楽しんでもらえると思います」
青空に吸い込まれる白球。勝敗やいかに。挫折から立ち上がる大人たちの、すがすがしい再生物語だ。 (幻冬舎 1760円)
▽越谷オサム(こしがや・おさむ)1971年、東京都生まれ。2004年「ボーナス・トラック」で第16回日本ファンタジーノベル大賞優秀賞を受賞し作家デビュー。映画化もされた「陽だまりの彼女」はミリオンセラーに。「金曜のバカ」「まれびとパレード」など著作多数。