「本当は恐ろしい! こわい切手」内藤陽介氏

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 若い女性の顔の半分が骸骨と化している表紙の絵が目に飛び込んでくる。

 思わずぎょっとするが、なんと1973年にオーストリアで「薬物乱用防止キャンペーン」の一環として実際に発行された切手だという。

「世界で最初の切手は1840年に英国で発行され、当初は国王の肖像画が描かれていました。しかし、郵便物が世界に流通するにつれ、各国政府は切手を情報発信のメディアとして利用するようになっていったんです」

 一般的に切手といえばキレイなものというイメージがあるが、本書は、心霊現象が映り込んでいるように見えた時代のこわい切手から現実世界のこわさを表現した切手まで、数多くの「猟奇」で「怪奇」な切手を集めたノンフィクションだ。

「覚醒剤防止や交通安全、戦意高揚など国を挙げて行うプロパガンダが垣間見られるものもあります。それぞれの切手には、そこに描かれたテーマの歴史的、文化的、社会的背景があり、さまざまなドラマがあるんですね」

■「セルビアの亡霊切手」から戦意高揚の宣伝切手まで

 まずは意図せず現れた心霊現象の切手として、1904年に発行され、亡霊が写っていると噂された「セルビアの亡霊切手」が挙げられる。1804年の第1次セルビア蜂起から100周年を記念して発行された切手だ。

「切手を逆さまにすると、そこにはセルビア王国時代に暗殺され非業の死を遂げたアレクサンドル1世の顔が見えるといわれています」

 あえて分からないように隠し絵のごとく描いたデザインの切手もある。1939~40年にかけて、ドイツ占領下のチェコスロバキアで発行された4種の切手がそれだ。一見何の変哲もない古城の風景画の切手だが、実は4枚揃えて林や雲の輪郭をつなげるとチェコスロバキアの地図が浮かび上がる。

「制作したチェコ人はばれたら逮捕され殺される可能性もあったはずです。切手にはチェコスロバキアの復活を願う強い抵抗心が表れています」

 日本の切手ではお目にかからないが、海外では交通安全の宣伝切手も多く発行されているのが興味深い。

「生々しい事故現場の絵に遺体を描いているイタリアの切手や、トラックのドライバーが荷台の男たちと飲酒しながら運転しているジンバブエの切手など、なんとかして無謀な運転を抑止しようとする姿勢がうかがえます。日本では映画で人気が出た『天国に一番近い島』のニューカレドニアでも、ベビーカーを押して横断歩道を渡る母親のすぐ後ろを猛スピードのバイクが駆け抜けていく切手が発行されています。酒気帯び運転が横行し、天国に一番近い? 島になっているとは笑えないですけどね」

 戦意高揚の切手としては、イラン・イラク戦争時のものなどが挙げられているが、「最近ではロシアの侵略を受けているウクライナで、黒海を航行するロシアの軍艦に中指を立てている兵士をデザインした切手が話題になりましたね」と著者は語る。

「現代は一瞬で相手にメッセージが届くメールなどがありますが、郵便には手間暇かけた思いがあり、切手には見えない部分が見えてくるリアリティーがあります。切手を知ることで、その国を知ることができるんです」

 コレクターならずともぜひとも読んでみたい一冊だ。

(ビジネス社 1760円)

▽内藤陽介(ないとう・ようすけ) 1967年、東京都生まれ。東京大学文学部卒業。切手などの郵便資料から国家や地域のあり方を読み解く「郵便学」を提唱する郵便学者。主な著書は「みんな大好き陰謀論」「誰もが知りたいQアノンの正体」「切手でたどる郵便創業150年の歴史」など他多数。

【連載】著者インタビュー

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