「にほんの海 日本列島海中景色紀行」鍵井靖章著
島国に暮らす日本人の多くにとって、海は身近な存在である。
しかし、南西諸島から知床半島まで、実に列島縦断3000キロを旅して、日本沿岸の海の中を撮影した写真集である本書を手にした人は、自分は日本の海の何を知っていたのかと思い知らされることだろう。
まずは、南西諸島の西端、石垣島と西表島を中心とするサンゴ礁に囲まれた20以上の島からなる八重山群島の海の中へ。
八重山の海は、世界のダイビングポイントとも肩を並べる美しさで、中でも石垣島と西表島の間に広がる石西礁湖は、日本最大のサンゴ礁。
パステルカラーのブルーとイエローというあまり見かけないイソギンチャクから顔を出す鮮やかなオレンジ色は人気者のカクレクマノミだ(写真①)。クリスマスツリーのような美しく整ったクリーム色の物体は、植物ではなくイバラカンザシというゴカイの仲間、サンゴの隙間をのぞくと何やら密会中のような赤い水玉模様のアカホシサンゴガニと逆に赤い体表に白い水玉模様が可愛らしいカスリフサカサゴと目が合う。
何とも色鮮やかな豊かな世界が眼前に迫る。
ここでも今世紀初めからサンゴの白化現象(共生している褐虫藻が抜けてサンゴが白っぽく変化して死んでしまう現象)が広がり、実はカクレクマノミのいたイソギンチャクも白化現象による色の変化を起こしたものだという。
一方で、サンゴはそのたびに復活もしており、宮古列島で撮影された写真は、海底のサンゴ礁が水面に映り、まるで絵画の世界をつくり出す。
沖縄本島の近く、阿嘉島の海中で撮影された一枚は、太陽の光がスペクトルとなり砂地の海底に降り注いで、その光のなかをトゲチョウチョウウオが舞台に立ったソリストのように舞う(写真②)。
海の中に暮らすのは、魚やサンゴだけではない。
沖縄本島糸満沖では、ザトウクジラの親子と出合う。カメラを見つけた子クジラは、まるで「遊んであげてもいいよ!」と言わんばかりに目の前に浮上してきたという。
桜島が湾の真ん中で存在感を放つ鹿児島県の錦江湾は、大都市と接する海ながら、干潟や海藻が茂る海をはじめ、サンゴ礁や水深200メートルを超える場所までバラエティー豊かな海の顔を見せる。
濃いグリーンの海水に深紅色が映えるアカオビハナダイの大群は桜島の代表的な海中景色なのだとか。
一方で海底の暗がりでは噴火を繰り返す桜島の荒々しさとは対照的な、繊細な造形のフウセンカンザシゴカイの白いボンボリがひっそりと海底で揺れている(写真③)。
以降、瀬戸内海や紀伊半島、房総半島をはじめ、日本海側の山陰海岸、能登半島・富山湾、そして北海道の積丹半島や知床半島まで。26ポイントの海に潜りその海中を撮影。
さまざまな海流が交差し、さまざまな生き物たちが乱舞する日本の海の豊かさに目を見張るばかり。この海を、このままで、何としても後世に受け渡したいものである。 (山と溪谷社 4620円)