「東京幻想作品集Ⅱ」東京幻想著
ロシアとウクライナの戦いがこのまま第3次世界大戦に発展してしまったら、もしくは一向に終息しないパンデミックが新たな変異株の出現によって予期せぬ方向に向かったら、そんな最悪の事態を迎え、人類が地上から消えてしまったら──。
本書を手にした人は、ついつい良からぬ想像をめぐらしてしまうのではなかろうか。
誰もがよく知る東京の各街を廃虚化して描く話題の作品集の第2弾。
朝日に照らされた飯倉の交差点をふさいでいる残骸をよく見ると、東京タワーだ。慣れ親しんだ東京のシンボルの成れの果ての姿は、頭ではグラフィックだとわかってはいても心が揺さぶられる。
歌舞伎町は、建物という建物、すべてから樹木が生い茂り、すっぽりと緑に覆われている。
世界的名所になった渋谷のスクランブル交差点は、ど真ん中にぽっかりと穴が開き、何層にも分かれた地下の奥深くに向かって、川と化した道から水が流れ落ちている。
神宮球場にいたっては、もはや海の底に沈むのも時間の問題と思われるほど、見渡す限りの海の中でかろうじて姿をとどめている。
見慣れた風景が廃虚となって目の前に現れても、倒れた東京タワーほどの衝撃を受けないのは、作品のところどころに描き込まれた命の存在があるからだろう。
植物の緑や飛び交う鳥、そして鹿や猫、イルカやクジラなど、水中にも陸上にも命があふれている。街のあちらこちらからは、そうした命を支える水が滴り、廃虚からイメージされる殺伐とした空気はない。
東京駅の駅舎からはキノコがにょきにょきと湧き出し、その前にはビーチが広がる。桜の季節、お花畑と化した上野駅前では増殖したパンダが楽しそうに遊んでいる。東京スカイツリーの展望デッキの屋上は海水で満たされ、クジラの親子が悠々と泳ぎ、なぜか海の家まである。
さらに勝鬨橋には恐竜まで出現し、氷河期のように凍り付いた品川駅ではペンギンやホッキョクグマが遊び、東京2020のメイン会場だった国立競技場にいたっては、有名アニメ映画さながらに空に浮かび、地下鉄が地上との連絡役を担っている。
そう、すべては「幻想」であるからこそ、読者は著者がつくり出したもうひとつの東京の中を楽しめるのだ。
しかし、水浸しになった谷中銀座を夕焼けだんだんの階段の上から寂しそうに見下ろす猫の後ろ姿や、現実世界でも取り壊しが始まった中銀カプセルタワービル、砂漠化して遠くに砂嵐が迫る立川駅前などの風景に、あの名作映画「猿の惑星」のラストシーンで2000年後の地球に戻ってしまったことに気づいた宇宙飛行士たちの気分になってくる。
人間の存在が地球にとって良かったのか、それともいない方が良かったのか、問われているような気がする。
(芸術新聞社 2750円)