全国の海岸線を知る男が教える「夏のうまい地魚はコレだ」(前編)
島国のニッポンは、海の幸も山の幸も豊富だ。特に魚介類で、エリアが変われば、旬のウマいものはガラリと変わる。どこを旅しても、口にするのがマグロとサーモンではもったいない。夏の旅行で食べるなら、旬の地魚だろう。そこで、全国の海岸線を巡ったことがあり、東京海洋大で魚食文化論の授業を担当したこともある食材探索人・西潟正人氏に、この時季に食べたい各地の魚について教えてもらった。その前編をお届けしよう。
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■ゴマサバ 相模湾で今が旬、塩と酢で締める
夏のゴマは、うンめぇぞ。相模湾は葉山の釣り船で船頭が耳打ちした。
マサバに対してゴマサバは、釣り人に限らず外道と見るが、産卵期がマサバより早いため、夏場が旬となることはあまり知られていない。
相模湾に多くいてこの季節には、沿岸の料理屋に脂がのったゴマサバを出す店も多い。近年はスーパーの魚売り場でも、マサバと対等に扱う店が多くなった。
マサバに比べると身が軟らかく、白いはずの腹皮にはゴマをまいたような斑点がある。魚の旬は通常産卵期前をいうから、マサバよりゴマサバの方が早く、脂がのってうまくなるわけだ。
塩と酢で締めたサバには、よく冷えたビールが合う。マサバよりまだ少し、価格が安いのも魅力だ。
富山は昆布締め ピンクの身は立山に合う
■バショウカジキ
夏の太陽と青い海、白いクルーザーが波を蹴れば、バショウカジキがジャンプする。誰もが憧れる魚だが、市場価値はそれほど高くない。産地は太平洋側より日本海だろうか、山陰辺りから富山湾にかけてよく取れる。
バショウとは長大な背ビレを芭蕉の葉に見立てたものだが、実物はもっと広くて大きい。釣りでは豪快にジャンプするが、通常は深く潜って長いクチバシでエサを取る。若狭の定置網などでよく取れて、魚市場を賑わすが値は安い。ハデな姿で世間の人気はあっても、食味評価はいまひとつのようだ。
富山湾は北前船の寄港地だったせいか、昆布の食文化が根強い。特に氷見では、魚だけでなく山菜のワラビまでも昆布締めにしてしまう。
バショウカジキはサスと呼び、その昆布締めが忘れがたい。昆布のエキスを吸い込んで、ほのかなピンク色が透き通っている。ほどよい塩気は甘みに変わり、銘酒立山によく合うのだった。
兵庫・室津の朝市は4匹950円を取り合い
■アイゴ
アイゴは南方系の魚で、食文化は瀬戸内以西から琉球列島にある。関東では釣り人にも嫌われるくらいだから、魚屋には並ばない。食べてみるために、西を目指すのもいいだろう。
毒トゲがあって、触れると猛烈な痛みは我慢できないほどだ。内臓には独特のにおいがあって、嫌われる原因だが、好んで食べる人も多い。
葉山の磯で10センチほどのアイゴを数匹釣って、開き干しにした。冷凍してもトゲの毒はあって、半日ほど苦しんだことがある。そのアイゴのうまさも、忘れがたい。
兵庫・室津の魚市場では朝市が催されて、アイゴが入荷すると、住民らが取り合いだ。4匹で950円は、決して安くない。関東からの旅人は、こんな光景を見ると驚くに違いない。
沖縄では、アイゴの幼魚(スク)を塩辛にしたスクガラスが泡盛に欠かせない。ザックリとした歯ごたえのある食感で、かなり強いしょっぱさが島豆腐とよく合い、泡盛が進むのだ。
青ケ島で味わった「これぞ!」
■シマアジ
シマアジも、夏の魚だ。高級魚で知られ、近年は養殖モノも出回るが、やはり味も香りも天然モノにはかなわない。さらりと流れるような、甘い脂が身上だ。
青ケ島は伊豆諸島の最南端で、八丈島から70キロほど南にある。日本でもっとも人口の少ない市町村で170人、役場も小学校も郵便局もあるが、水道だけがない。島に降り注ぐ雨水を集めて浄水にする。そんな青ケ島で、これぞシマアジ! 深いうま味を知った。
火山島だから周囲の崖は崩落が激しく、土木作業員の絶えるときがない。島に数軒ある居酒屋には、村長もやってきて島の焼酎「青酎」を飲んでいる。島唯一の三宝港へ釣りに行くと、本島では相手にされないイスズミを「くじらよ」と呼んで本命とする。シマアジなど外道扱いだから、驚いてしまう。
イスズミは皮つきのまま刺し身にするのが島流で、シマアジは皮を引くと、釣りたてだけに肌の黄金色が鮮やかだった。ガラスを割ったような透明感あるシマアジなど、島に来なけりゃ味わえない。
福島・相馬原釜の刺し網漁に同乗した思い出
■マコガレイ
マコガレイは真子ガレイと書く。総菜用は大きく抱卵して価値は上がるが、活魚料理では卵より上等な白身を求める。そんなマコガレイを食べに太平洋を北上してみるのも面白い海岸巡りだ。
マコガレイは早春の産卵期を過ぎると身は疲弊して、俗に“ボロ雑巾”と呼ばれるほど価値を落とす。ところが体力が回復する夏場には肉厚になり、白身魚が減少する季節にあっては超高級魚に様変わりする。
福島は相馬原釜の刺し網漁に同乗したのは、東日本大震災前年の夏だった。相模湾の小さな刺し網とは違い、水深80メートルの太平洋へ繰り出す大型刺し網漁だ。深夜に出港して、帰港は真夏の太陽が容赦なく照りつける朝の9時。
炎天下に、マコガレイの刺し身を食べた。軟らかそうに見えるが身はぷりぷりの歯ごたえ。噛みしめるほどに甘みがにじみ出る。のみ込むのが惜しまれる、夏の思い出だ。
新潟の漁師町・出雲崎では「アナゴ」あぁ日本海へ
■ヌタウナギ
新潟の漁師町・出雲崎を故郷にもつ私は、夏が来るとヌタウナギの浜焼きを思い出す。故郷ではアナゴと呼んでいて、それがヌタウナギと分かったのは大人になってからだ。
串に一匹丸ごと刺されたヌタウナギは、くねくねうねってヘビのように見える。魚類でも無顎類(アゴがない)で、かなり原始的な脊椎動物という。夜間に外道で釣れるとおびただしい粘液を出し、仕掛けを台なしにするイヤなヤツでもある。
相模湾でも取れるが、漁師が嫌うので市場に出ることはない。本場はやはり山陰から山形までの日本海側で、漁師は韓国へ輸出すると聞く。韓国では鉄板焼きが人気で、剥いだ皮はウナギの皮と称して財布などに加工される。
暑い季節の精力剤なのだろう。ごりごりと噛みしめる筋肉は、魚とはほど遠い食感で、やはりヘビのようだ。骨はほとんど歯に当たらず、やや獣臭い筋肉を奥歯で噛み砕いていると、日本海を旅したくなってくる。(後編は8月9日付紙面でお届けします)
(文・写真=西潟正人)