福島県双葉町の「光と影」(下)東日本大震災から14年…病院も学校も介護施設もない
東日本大震災から11日で14年が経過した。前回の当欄(3月8日号)では、原発事故が起きた福島県の中で徐々に居住者が増えている双葉町の現状を紹介。町の未来に光が見えつつあることが分かったが、課題もある。今回は「影」の側面に焦点を当てる。
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「メディアは双葉町の居住者が増えてきていると報じてますけど、まあ、実態とはかけ離れています。だって、もともと7000人くらい住んでいたのに、今は増えたと言ったって180人。町の体をなしてないよね」
こう嘆くのは、町内在住の50代男性だ。原発事故発生後、他の自治体で避難生活を送っていたが、2022年8月に避難指示が解除され、一部地域で帰還が可能となったことを受け、戻ってきた。町で遅くまでやっている飲み屋がないため、仕事終わりの一杯は「もっぱら隣町の浪江町まで行ってます」とこぼした。
とはいえ、22年8月の避難解除に先駆け、20年3月に町内の一部区域で立ち入り規制が緩和。それに伴い、20年10月、町の中心に「産業交流センター」が整備された。複数の飲食店の他、コワーキングスペースなどが入る複合施設には、町で唯一のコンビニも入居する。