元サッカー日本代表監督・二宮寛氏が選手に贈る言葉「失敗してもいいから闘い続けろ!」

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二の矢、三の矢を繰り出して波状攻撃を展開

 ──バイスバイラーは64年にボルシアMGの監督に就任。ハインケス、ネッツァー、フォクツ、ボンホフら若きタレントを発掘。ドイツの地方クラブを欧州屈指の強豪に育てた。親交を深めることになったきっかけは。

 67年の年末に、「三菱重工サッカー部の監督に専念して3年以内に日本一になれ」という社命が下った。「若手をサッカーの本場に留学させたい」と思い、翌68年2月に赴いた三菱重工ドイツ支店で「ボルシアMGのバイスバイラー監督に受け入れてもらうのがベスト」とアドバイスされた。50年ぶりの欧州大寒波で氷点下20度の極寒が続く中、ボルシアMGの練習場に通い始めて10日目だった。ヘネスが近寄ってきて「一緒に昼食を食べよう」と初めて声をかけてくれた。おぼつかないドイツ語で一生懸命に思いを伝えたところ、いきなり「今日から私の自宅で寝泊まりしなさい」と言われた。それから毎朝5時、ヘネスが入れてくれたおいしいコーヒーを一緒に飲むことから一日が始まった。

 ──その経験も「今」につながった……は後ほど聞くとして、バイスバイラーと寝食を共にしながら彼のサッカー哲学に触れるチャンスを得たサッカー人は、世界広しといえども二人といない。

 ヘネスはいつでもどこでも、誰と会っても「ヒロシは私の息子」と紹介してくれた。共同生活は40日間に及び、それから15年の親交を通じてドイツサッカーの神髄を教えてくれた。へネスは5つの指導者哲学、①選手は家族の一員②チーム強化のためには選手のタレント(能力)を高めることをシステムや戦術よりも優先する③失点を恐れずに攻撃を仕掛ける、これがサッカーの醍醐味④平均的な選手は必要なく、あくまで個性・特長を伸ばす⑤型にはまった理論や独りよがりの理論を押し付けない──といった揺るぎなき信念を持っていた。試合においては<攻守のバランスを取りながらスピードに乗った華麗で多彩な波状攻撃を仕掛ける>ことをモットーにしていた。へネスの「攻撃陣はボールを奪われたらすぐに取り返せ」「守備陣はボールを奪ったらすぐに攻撃に転じてフィニッシュに絡め」という言葉も思い出される。

 ──サッカー人として約20年、企業人として約20年を過ごし、2000年に帰国してからカフェのオーナーに転身。22年が経過した。ほぼ20年のサイクルで節目を迎えた。

 慶応大の3年だった58年、日本代表の一員として欧州合宿の遠征に同行した。日本を飛び立って沖縄、香港、ビルマ(現ミャンマー)、インドの2都市……と給油のために11回も寄り道しながら30時間以上かけてローマに到着。疲労困憊だったが、4歳年長の八重樫茂生さん(東京、メキシコ五輪に出場=故人)から「おい! (二宮さんの愛称の)リャンコン! せっかくのイタリアだ。外に出てメシを食いに行こう」と誘われ、5人ほどでサヴァティーニという店に入り、パスタを注文して食べた。食後に飲んだコーヒーのおいしかったこと! ローマで飲んだコーヒーと10年後にへネスが自宅で飲ませてくれたコーヒーの記憶が重なり、それがカフェを開くきっかけとなった。店名の「パッパニーニョ」は「お父さんと少年」という意味。皇帝ベッケンバウアー(元西ドイツ代表主将・元西ドイツ代表監督)が名付け親です。

 ──森保監督は21年開催の東京五輪で優勝を目指したが、3位決定戦で敗れてメダルなし。W杯でリベンジを果たすためにドイツ戦にどんな戦い方で臨むべきか。

 ドイツは、大事な試合になると必ず先手を打ってくる。このドイツの戦い方の逆手を取り、序盤から積極的に攻撃を仕掛けていってほしい。相手DFラインの背後にボールを供給し、俊足FWの前田や右MFの伊東といった前線や中盤に攻撃的な選手を積極的に侵入させて二の矢、三の矢を繰り出して波状攻撃を展開していくのです。簡単に突破できるものではないし、ゴールを奪うのは至難の業。失点のリスクも伴う。それでも最初の30分で全精力を使い果たすくらいの気持ちで立ち向かってほしい。日本人選手は、体力と持久力の面で欧米の選手たちよりも優位に立っていると思うし、精神的な粘り強さもある。ドイツに恐れおののき、受け身になってはいけない。自信を持って挑んでもらいたい。

 ──日本代表選手に声をかけるとしたら?

 振り返るに東京五輪で生死の分かれ目ギリギリまで戦い続けた選手が何人いたか? 3、4人ほどしかいなかったように思う。76年にヘネスがドイツ1部のケルンの監督に就任。翌77年に日本代表FW奥寺(康彦)がケルン入りし、欧州プロ第1号となった。契約を交わした日にへネスが奥寺にかけた言葉を今でも思い出す。「オク! 自分のできることを自信を持ってやれ! 迷わずに思いっ切りやれ! オクならできる! 失敗してもいいから90分間、闘い続けろ!」。この言葉を代表選手に贈りたい。威風堂々と戦えば活路は見いだせる。そう信じている。

(聞き手=絹見誠司/日刊ゲンダイ)

▽二宮寛(にのみや・ひろし)1937年2月13日生まれ。東京都出身。慶応高から慶応大。慶応OBと現役の混成チーム・慶応BRBの一員として56年度の天皇杯を制した。元日本代表FW(38試合.14得点)。59年に三菱重工に入社。67年から9シーズン三菱重工サッカー部監督。76年に日本代表監督に就任。78年に三菱自動車に転じて欧州三菱社長としてドイツやオランダに駐在。2000年に帰国して神奈川・葉山にカフェ「パッパニーニョ」をオープン。15年に日本サッカー殿堂入り。

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