連載小説「奪還」 本城雅人
-
連載<19> 事実を伝えなきゃ、新聞の意味はない
春のリーグ戦の二節、安孫子は試合を休んだ。あれは学校が謹慎させたのだ。 「なんとか示談になって、警察沙汰にはならなかったけど、それをジェッツのスカウトが知ったみたい」 「そのことを確認す…
-
連載<18> 由貴子の携帯電話に「兄です」と
翔馬は一人、病室に戻った。由貴子はまだ眠っていた。横に座って小さな手を握ると、無意識に握り返してきた。傷つけたのは翔馬なのに、翔馬だけを信頼してくれているようだった。 しばらくすると点滴が終…
-
連載<17> 安孫子とは一度デートしただけ
俺があんな酷いことを言ったから、落ち込んでしまったのか。いつも元気いっぱいに選手たちを励ましてくれた。記者になってからも辛い仕事も文句一つ言わずに走り回っていた。なによりも四年間、翔馬のことを想い続…
-
連載<16> キコが死んじゃうかもしれない
「そうだ、悪いか」 「まぁ、俺も先輩に譲ったつもりだから付き合ってくれて良かったっすよ。なんでもかんでも俺が奪ったら先輩に申し訳ないし」 まだ耐えた。こんなことで後輩に突っかかるわけには…
-
連載<15> グラウンドに眠る暗い記憶
今、グラウンドを使っているのはサブのメンバーだった。レギュラークラスは室内でウエイトトレーニングでもしているのだろう。 自分の大学生活が凝縮されたこの場所に来れば、少しは気分が紛れるかと思っ…
-
連載<14> 不条理さに翔馬は唇を噛み締めた
その後も担当売店を回ったが、むしゃくしゃした思いは消えなかった。午後三時に最後の店の売り上げを確認した頃には、会社に戻る気がなくなっていた。 子供の頃から勉強でもスポーツでも負けなかった。親…
-
連載<13> そこまで同情される理由はない
「よしてくださいよ、別に父親が死んだからって、うちが生活に困ってたわけではないし」 ホッとするくらいなら落とすなと文句を言いたくなる。「それにどうして千藤さんにそこまで同情されなきゃいけないん…
-
連載<12> 安孫子の競争相手にもなれない
「別に父は関係ないですよ。僕は別に販売の仕事をしたくて日日に入ったわけではないですから」 「記者希望なのよね。うちの会社も記者希望で受けたそうね」 「ええ、見事に落とされましたけどね」 …
-
連載<11> 体を屈めると目の前に黒いパンプス
「最近、東都が独自ネタで頑張ってますけど、うちもとっておきのニュースで近々やり返しますので」 そう仄めかしておく。樋口のように店の権利をもっている店は、売り上げが自分の収入に直結するとあって、…
-
連載<10> 「したけど一回だけよ」と由貴子は認めた
今まで由貴子のメールを待ったことはなかったが、さすがに日曜から四日も連絡がないと気に掛かった。 ――キコ、安孫子とは本当に一回きりだったのかよ。 そう聞いた後の由貴子の物悲しそうな表…
-
連載<9> ダサい恰好では選手に甘く見られる
翔馬には岸の服装からして気に入らなかった。安っぽいペラペラのウインドブレーカーに、ダサい綿パン。こんな格好で取材にいくから選手に甘く見られるのだ。翔馬の大学には、毎年何人かがドラフト指名されるとあっ…
-
連載<8> スポーツ紙の花形はやはり記者
あれは高二の秋、埼玉代表としてセンバツを賭けて出場した関東大会の一回戦で神奈川の進学校に一対四で敗れた時だった。翌日の東都スポーツにこんな見出しの記事が載った。 〈埼玉江陵 エース笠間の不調が…
-
連載<7> スポーツ紙は一度浮気されたら戻ってこない
ほとんどの駅は階段を上がったところに売店がある。通勤サラリーマンは走って階段を駆け上がり、発車ベルが鳴っている間に新聞を買って電車に飛び乗る。当然、階段から一番近い場所にある新聞が取られやすい。 …
-
連載<6> 今なら十時出社のサラリーマンが買っていく
読者はどうせ飛ばし記事だと分かっているのか、どこの新聞もあまり売れていなかった。 その中で一紙だけ売れている新聞があった。またしても東都スポーツだ。東都のポップには〈逸見獲り ヤ軍スカウト派…
-
連載<5> 安孫子との関係は本当に一回きりか
「俺だけが満足したみたいな言い方をするけど、キコだっていっぱいイッてたじゃんか」 「……そうだけど」 「自分だってやりたかったんだろ。だから来たんだろ」 「違うよ、翔くんに会いたいか…
-
連載<4> 終わったから帰れなんて、勝手だなぁ
投球法の違いを説明すると、由貴子は「なるほどそういう理由があるのね」と納得した。 「その高校の監督はなにがなんでも春のセンバツに出たいんだろうな。甲子園のようにテレビ中継されればスローで確認で…
-
連載<3> 由貴子との付き合いはこの春から
土曜日、一週間ぶりに西條由貴子が三軒茶屋の翔馬のアパートにやってきた。 「監督にいくら質問しても『スライダーではありません、うちのエースが投げているのはフォークです』って言い張るのよ。でも、私…
-
連載<2> ライバル紙を積み荷の一番下に置いた
翔馬は積んであった他紙の束から、東都スポーツの一面を確認した。東都ジェッツの系列紙の一面は他の五紙とは違った。 〈大槻監督決断、汐村スタメン落ち〉 打線のテコ入れのため、大槻監督が次の…
-
連載<1> 未明の渋谷駅を新聞束を担いで歩く
暗がりの中で、笠間翔馬は刷り終えたばかりの新聞の束を、トラックの荷台へ運んでいく。荷台の上にいるドライバーが、荷崩れしないようロープで固定する。 「よし、今ので最後だ、出発しよう」 日…