1961年、岐阜県生まれ。2009年「さよならドビュッシー」で「このミステリーがすごい!」大賞を受賞しデビュー。本作は「切り裂きジャックの告白」「七色の毒」「ハーメルンの誘拐魔」「ドクター・デスの遺産」「カインの傲慢 」に続く、シリーズ第6弾。
<12>完全にビジネスとしての安楽死
御厨は死亡推定時刻について午後四時から五時までの間と見当をつけていた。娘によって死体が発見されたのが午後六時過ぎだから、家人が家を空けていた間に何者かが侵入したことになる。
鑑識作業はまだ途中だったが、現場に残されたものと奪われたものが明らかになった。残されたものは不明毛髪数本と不明指紋。長山家に出入りしているのは家族以外では介護サービス社から派遣されたヘルパーだけなので識別が容易と思われる。
「被害者のベッドにはスリッパで近づいた形跡があります」
鑑識係の一人は忌々しそうに報告する。
「玄関にあった家族用のスリッパとは底の形状が異なります。予め持参したものを履いたのでしょう」
靴下のまま上がれば足の裏から分泌された汗を現場に残すことになる。犯行に手慣れた印象が犬養を一層不機嫌にさせる。手慣れているのが事実ならば、長山瑞穂の殺害が初仕事ではないことを意味するからだ。
「被害者のスマホがどこにも見当たらないそうです。スマホのLINEアプリを介して家族と会話するので常時枕元に置いていたはずなのに、それがなくなっているらしい」
「スマホを操作できる程度には動けたということですか」
「スマホ以外にも携帯会話補助装置もあるのですが、家人の話によればスマホを使用する方が多かったようですね」
長山瑞穂が意思の伝達手段としてスマートフォンを常用していたのなら、安楽死の依頼もネットを通じて行われたと考えられる。交信記録が残っている可能性が高く、犯人が証拠隠滅に持ち去ったとしても何の不思議もない。
「それから本人が家人に用意させた現金が袋ごとなくなっています」
「さすがに袋を残していくようなヘマはしないでしょうね」
「最近はスマホからでも送金手続きが可能ですが、口座に足跡を残したくなかったのでしょう」
「二十万円。金額は大したことがなくても銀行取引の跡が残るのは一緒ですからね」
途端に鑑識係が妙な顔をした。
「犬養さん、二十万円じゃありませんよ。桁が一つ違っています。被害者が用意した現金は二百万円です」
「二百万円」
思わずといった調子で明日香が鸚鵡返しに繰り返し、犬養と顔を見合わせる。前の安楽死事件と異なる要素がやっと見つかった。
「実費どころの金額じゃないですね」
「ああ。完全にビジネスとしての安楽死だ。医師としての倫理もへったくれもない。それだけの報酬なら多少の危険も冒すだろうさ」
(つづく)