著者のコラム一覧
三島邦弘

ミシマ社代表。1975年、京都生まれ。2006年10月単身、ミシマ社設立。「原点回帰」を掲げ、一冊入魂の出版活動を京都と自由が丘の2拠点で展開。昨年10月に初の市販雑誌「ちゃぶ台」を刊行。現在の住まいは京都。

「ぼくの道具」石川直樹著

公開日: 更新日:

 できるだけ道具に頼らず、「素手で、裸足で、丸腰で生き」ていきたい。そう願っているが、現実には外部依存は高まるばかり。暖はエアコンに、知識はグーグル先生に、いずれ運転までもが……、といった具合に。それだけに、あの石川直樹が「道具の本当の役割」について紹介すると聞いて、とびつかないわけにはいかなかった。

 本書の読みどころは大きく2つ。ひとつは、10代からアラスカ、エベレストなど各地で写真を撮り、文章を書いてきた石川の生活と仕事のやり方を、96の旅道具を通じて知ることができる点。たとえば、「ナルジンボトル」という透明の水筒は普段は飲料水を入れる。だが、北極、南極、ヒマラヤなどのテント内では用をたすとき、小便ボトルにもなる。その際の姿勢にまで言及されているのがおかしい。

 あるいは、山での生活は、電源の確保が困難である。当然、パソコンが使えないこともある。石川は、乾電池で長時間動くポメラで文章を書く。また、レンズ付きフィルムを胸に忍ばせ、極限でのワンショットを逃さないようにする。こうした極地での経験から導き出された道具の使い道は実に無駄のない、生きるための知恵そのものである。

 言うまでもなく、そうした知恵は山登りをしない人も身につけるにしくはなし、だ。強いて一例をあげれば、大量の道具が収まる上に、バックパックのように両肩で背負うこともできるドラムバッグ。これなどは、「スーツケースに使われている」多くの現代人にこそ必要ではないか。

 もうひとつ、贅沢なことに、「K2登攀記」が本書には収録されている。昨年夏、石川は世界一困難といわれるK2に挑んだ。「美しい三角錐のような山容は、すなわち風の影響をもろに受けて、少々の気象状況の変化が気温の大きな上昇下降へと繋がる」。今回の挑戦では頂上に立つことはなかったが、その判断はどういう状況でなされたか。ぜひ直接本書にあたり、手に汗握ってもらいたい。写真集「K2」(スラント)も必見だ。

 とにかく本書を読んでいる間中、ずっとこう感じていた。――石川直樹と同時代にいることの幸せ。石川は、私たちが日々失いつつある「野生」をひたすら拾い集めてくれている。そんな気さえしてきたのだ。(平凡社 1500円+税)


【連載】京都発 ミシマの「本よみ手帖」

最新のBOOKS記事

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1

    ドジャース大谷翔平32歳「今がピーク説」の不穏…来季以降は一気に下降線をたどる可能性も

  2. 2

    高市政権の物価高対策はもう“手遅れ”…日銀「12月利上げ」でも円安・インフレ抑制は望み薄

  3. 3

    元日本代表主将DF吉田麻也に来季J1復帰の長崎移籍説!出場機会確保で2026年W杯参戦の青写真

  4. 4

    NHK朝ドラ「ばけばけ」が途中から人気上昇のナゾ 暗く重く地味なストーリーなのに…

  5. 5

    京浜急行電鉄×京成電鉄 空港と都心を結ぶ鉄道会社を比較

  1. 6

    ドジャース佐々木朗希の心の瑕疵…大谷翔平が警鐘「安全に、安全にいってたら伸びるものも伸びない」

  2. 7

    【時の過ぎゆくままに】がレコ大歌唱賞に選ばれなかった沢田研二の心境

  3. 8

    「おまえもついて来い」星野監督は左手首骨折の俺を日本シリーズに同行させてくれた

  4. 9

    ドジャース首脳陣がシビアに評価する「大谷翔平の限界」…WBCから投打フル回転だと“ガス欠”確実

  5. 10

    巨人が李承燁コーチ就任を発表も…OBが「チグハグ」とクビを傾げるFA松本剛獲得の矛盾