読後、「この人には敵わない」と衝撃
「かなわない」植本一子著
読了し本を閉じると、真っ先に私の口をついて出た言葉がこれだった。「この人には敵(かな)わない」。久しく受けたことのない衝撃だった。翌日、気がついた。ああ、これは「桜桃」を読んだときのそれに似ている。――子供より親が大事、と思いたい。
そこで考えた。現代の親たち(2児の父である私を含め)に、「子供より」などと口にする資格はあるだろうか。その資格とは、太宰のあの食べ方ができるかどうかにある。妻と子を3畳間に残して訪れた料理屋で、太宰は桜桃を「極めてまずそうに食べては種を吐きながら」、先のセリフを呟いたのだ。つまり、自分の弱さをごまかさないこと、その事実を直視し続けること。この本で著者は、両者を一貫して堅持し、壮絶な4年分の日記と美しい詩のような散文を記し、一冊に収めてみせた。
下の娘の保育園が決まると、「とうとう私の時間が戻ってくる」と素直につづる。広島の実家に戻ったとき、「はっきりと、東京に帰ることを拒んでいる自分がいることに気づ」く。なぜなら、「助けてほしいときに、誰にも声をかけられないあの孤独感。そして放射能の問題」があるから。スーパーに行けば、「『泣くような子どもを連れてくるんじゃないよ』と怒鳴られ」る。カメラマンとしての仕事を再開するも、「仕事で何かあったとき」、「子どもがいるから、育児が大変だから」と言い訳する自分に葛藤。ある日の朝、大泣きされながら2人の娘を保育園に連れていく。先生に「どうしましたか?」と笑顔で聞かれると、「泣いてしまい」、「育児が苦痛でしかたありません」と伝える。夫の石田さんがいない「3人で過ごす休日が苦痛で苦痛でたまらない」。いらいらが去ったその日の夜、「私と同じように世界中で孤独に育児をしている人が、どうか平穏でいられますようにと心から願う」。
徐々に仕事が好転していく。それに伴い育児も、と期待していると、予想だにしない展開が待っていた。母との確執(母娘問題)、「彼」の登場、離婚要請……。「叶わない」ものたちに囲まれ、著者はどうなっていくのか? ひとつ断言できるのは、ここに書かれていることはすべて、「私」の話だということ。とにかく読んでほしい。(タバブックス 1700円+税)