「残業学 明日からどう働くか、どう働いてもらうのか?」中原淳+パーソル総合研究所/光文社新書/920円+税
「超・長時間労働」「残業麻痺」「(忙しさを演出する)フェイク残業」「残業インフルエンサー」といった刺激的な言葉が次々と登場する。昨今、日本人の生産性が世界的に低いことがニュースになることが多いが、それは無駄な残業時間が長すぎることも理由だろう。本書は「残業学」という聞きなれぬ言葉を用い、日本の残業の実態をデータとともに解き明かしていく。
4人の立場が異なる一般的なサラリーマンの疑問に著者が答えていく形になっており、「ご指摘は鋭いですね」と返答するなど、まさに「残業界の池上彰」が分かりやすく解説していく。残業はかつては報われたが現在は割に合わないそうだ。
〈「残業麻痺」タイプの人間を生み出す土壌となっていた「終身雇用」と「出世への期待」は、以前と比べて「裏切られる」可能性が高まっているからです〉
また、なぜか残業といえば夜のイメージがあるが、たとえば9~17時が定時の会社で4時間残業するにしても、朝5時に来るのではなく21時に帰ることになる理由はこうだ。
〈誰もいない「朝」よりも、みんなが残っている「夜」のほうが、「努力の量」を効果的にアピールできる(中略)同じ時間に、みんなが「一体」となって残っているという現象が重要なのです〉
他にも、他人が早く帰る分には気にならないものの、自分が早く帰ることを申し訳ないと思う心理については、職場の全員がそう思っているため残業を皆で行うという「悲劇」が発生すると説明する。
よくよく考えると、結局は他人の目が残業を引き起こしている面はあるだろう。私自身はフリーランスのため基本的には同僚はいない。すると、1日の総労働時間が5時間なんてこともしょっちゅうある。とにかくその日やらなくてはいけない仕事が終わればもう仕事なんてしなくてもいいのに、他人に影響されて残業をしてしまうというわけだ。
「日本人は勤勉だ」という定説があるが、同書ではこれにも異議を呈する。江戸・明治時代に日本を訪れた外国人が残した言葉は興味深い。
「日本の労働者は、ほとんどいたるところで、動作がのろくだらだらしている(1897年)」
「日本人の悠長さといったら呆れるくらいだ(1857~9年)」
実は残業という概念は1930年に登場した新しいものであることを指摘するなど、さまざまな定説もぶった切っていくさまも心地よい。
★★★(選者・中川淳一郎)