「作戦司令部の意思決定 米軍『統合ドクトリン』で勝利する」堂下哲郎著/並木書房/2018年
海上自衛隊で護衛艦「はるゆき」艦長、自衛艦隊司令部幕僚長、横須賀地方総監などを歴任した堂下哲郎氏による優れた戦略書だ。米軍の統合作戦計画(2017年改訂)を十分に消化した上で、日本人に向けて書き下ろされた書で、軍事専門家のみならず、企業や役所で管理職に就く人々にも有益な構成になっている。
堂下氏は、軍事作戦における「規模との戦い」と「不確実性との戦い」に注目しているが、これはビジネスにも応用できる。作戦には、多数の兵士が参加し、多くの艦船、航空機、作戦資材を運用しなくてはならない。その際に指示や命令を徹底するためのノウハウが具体的な実例とともに盛り込まれている。戦争においては、敵の情報操作工作、謀略に対応する「不確実性との戦い」が重要になる。この戦いに勝利するための技法は、一般のビジネスにおいても活用することができる。
不確実性を強める要素に、時間的な制約がある。この点について、堂下氏はこんな指摘をする。
<時間的制約とマンパワー不足は司令部勤務の代名詞のようなものかもしれません。もたらされた情報量が個人またはグループの処理能力を超えている場合、「情報過多(Information Overload)」となるのは必定です/手早く処理するために、使い慣れた仮定や枠組みに適合する情報を採用し、新たな考え方を検討しなければならない情報は無視あるいは軽視される傾向が見られます。これにより、誤った仮定や枠組みが放置され、本格的な検討を要する情報の端緒を逸する可能性が考えられます>
時間に余裕のないときには、どうしてもステレオタイプの判断をして、重要な情報をノイズ(雑音)と勘違いしてしまう。戦史から、このような判断ミスによって失敗した事例を学ぶことが役に立つ。
また、不安なときには、とにかく情報をかき集めてしまう傾向を個人も組織も持つ。自らの処理能力を超えてしまう大量の情報を持っていても、それが仕事に生かされないならば意味がない。戦争という極限状況において蓄積されたノウハウを活用するための手引として本書はとても役に立つ。 ★★★
(2018年11月16日脱稿)(選者・佐藤優)