「ポストモダン・ニヒリズム」仲正昌樹著/作品社/2018年
難解な哲学や思想をわかりやすい言葉で説明できる人が、ほんものの知識人だ。その点で、現在の日本で仲正昌樹金沢大学教授の右に出る人はいないと思う。
これまでにカント、ヘーゲルなどのドイツ現代哲学から、アーレント、デリダらの現代思想、さらにはドラッカーのような経営哲学に関しても、わかりやすい解説書を刊行している。仲正氏の著作は、いずれもわかりやすく書かれているが、水準は高い。その理由は、仲正氏が徹底的に考え抜いた上で、文をつづっているからだ。
1980年代以降、日本の思想界はポストモダンという嵐に見舞われた。脱構築をキーワードにして、価値相対主義に立って「大きな物語」を解体することが思想界の流行になった。このような傾向に仲正氏は根源的な異議を申し立て、こう主張する。
<ボードリヤールが「第二の革命」と呼んでいるのは、この「自由の深淵」が次第に顕わになることによって、「人間」中心の世界観も揺らぎ、価値の座標軸が消失していくプロセス、言い換えれば、「ニヒリズム」が深く浸透していくプロセスであると見ることができる。近代の啓蒙主義は、神学的な「見せかけ=仮象」と思われるものを破壊することによって、“人間本性”を解放しようとしたが、「人間」それ自体を価値の源泉として浮上させたことによって、ニーチェのツァラトゥストラが直面せざるを得なかった「自由の深淵」をも浮上させることになったわけである。「人間」自身の中心にブラックホールのような“深淵”が開いているかもしれないことが分かってしまった、ということである>
価値相対主義に基づいて「なにをしようがその人の勝手だ」というような思想が蔓延すると、社会が弱体化する。バラバラになった個人は、自らの利益の極大化と生き残りしか考えなくなる。こうしてニヒリズムが支配的な思想になる。
しかし、人間は弱い存在なので、他者にまったく依存せずに生きていくことはできない。心の深淵を克服することができる新しい思想が求められている。こういう状況をカリスマ的指導者が利用し、大衆を排外主義的な方向に扇動するとファシズムが生まれる危険がある。
★★★(選者・佐藤優)
(2018年12月14日脱稿)