「昨日がなければ明日もない」宮部みゆき著
本書は杉村三郎シリーズの第5弾だが、これまでの作品を未読の方でも大丈夫だ。なぜならこれ、宮部作品の中では異色のシリーズで、最初の3作は全然違う話なのだ。
いや、主人公はずっと杉村三郎だから、続いていないわけではない。ただ、最初の3作で彼は普通のサラリーマンだった。第4作「希望荘」で杉村三郎は私立探偵事務所を立ち上げるのだが、なぜ彼は私立探偵となったのか、というひとりの人間の話として、最初のサラリーマン3部作は意味がある。だから、全然違う話ではない。しかし、私立探偵小説としては前作で始まったばかりなので、最初の3作は落ちついたら読めばいい、ということである。さらに、私立探偵小説として始まった前作も本書も中編集なので、どこから読んでもいいよ、ということだ。
いやあ、絶品である。ここには小説を読むことの喜びがある。剥き出しの悪意にたじろぐ話もあれば、ちょっとした謎の中に人間ドラマを描く話もある。たとえば、真実はいつも背後に隠れているとの感慨がこみ上げてくる表題作には、はた迷惑なヒロインが登場するが、その人物造形を見られたい。いるよなあこんなやつ、と言いたくなるほど秀逸で、いや今さら宮部みゆきの小説でそんなことに感心していたらいけないが、このうまさが現代のエンタメ界で突出していることも書いておく。
前作「希望荘」も文庫になったばかりなので、未読の方はこちらもどうぞ。
(文藝春秋 1650円+税)