上野誠(奈良大学文学部教授)
4月1日 新元号が「令和」に決まった。「万葉集」が出典ということで、次々に取材が舞い込む。が、しかし。論文もちゃんと書かねば。困った。
4月X日 今取り組んでいるのが、「万葉集」にみえる外国名を冠したモノの名前についてである。多くの帰化人が新文化をもたらし、同じ剣でも高麗からやって来た剣は「高麗剣」と呼ばれていた。これは、剣の取っ手の部分が輪っか状になっているものだ。帰化人の勉強をしなくては。まず、関晃著「帰化人―古代の政治・経済・文化を語る―」(講談社 900円)を読んだ。資料を読み込む力量の凄さに、圧倒される。
4月X日 考えてみれば、天津飯は天津になく、ウィンナコーヒーはウィーンにはない。ましていわんや、フランス人にフランス人形と言っても、それ何、ということになる。つまり、外国の地名や国名を冠するのは、そのモノを受け入れた国の事情によるのである。
4月X日 韓国の発掘データを日韓で共有できることによって、日本で発掘された渡来系遺物のうち、どれが、どの地域で作られたものかが、わかるようになってきたそうだ。また、日本から韓国にもたらされた遺物についても、その状況がわかるようになってきた。そんな時代に、古代の研究ができるなんて、幸せだと思う。ありがたいことだ。
4月X日 最近の帰化人研究の先頭を走る、田中史生著「越境の古代史」(KADOKAWA 800円)を読む。この本を読むと、帰化人、渡来人といっても、一様でないことがわかる。しかも、朝鮮半島と中国の情勢も合わせて分析している。スゴイ!
5月X日 論文は進まないけれど、それでも古代の対外関係の資料を集めている。田中史生著「渡来人と帰化人」(KADOKAWA 1700円)は、近代の国民国家の枠組みでは捉えきれない古代の国際感覚を描き出す好著だ。本が赤線で真っ赤になった。というものの、論文は、まだ書けない。困った、困った。