「コケはなぜに美しい」大石善隆著
美しい花を咲かせるわけでもなく、その存在にさえ気がつかない人も多いコケが、今、静かなブームを呼んでいるという。その理由は、清楚で、みずみずしいその美しさにあるそうだ。さらにコケは、わび・さびに代表される日本人の美意識に深くかかわっているからだと研究者である著者はいう。そんな「コケ」の奥深い魅力を伝えるビジュアル入門書。
コケの美しさの秘密は、「みずみずしく、透き通った色彩」にある。光に透かして見ると、緑のセロハンのようなキラキラの透明感。一般的な木や草は、根から吸収した水や栄養分を維管束と呼ばれる管を通して葉先まで運ぶ。さらに水分が失われないよう葉の表面をワックス(クチクラ)でコーティングしている。一方のコケは、葉の表面から直接水分や栄養分を吸収しているため、光さえも透き通るようなシンプルな構造の葉にならざるをえないのだという。
今まで、コケに興味を抱いていなかった人も、そんな説明とともに添えられた「カサゴケ」(日本海側に多く生息)の写真を見たら、その美しさに感嘆することだろう。透き通る緑の葉が、ガラス細工のように優雅に重なり合う姿はまさに「緑のバラ」のようだ。
コケは、色だけではなく、その形も魅力のひとつ。緑の塊としか認識していなかったコケも、しゃがみ込んでじっくりと見てみると、「スギゴケ」のように立つタイプから、「ゼニゴケ」のようにペチャッとしたタイプ、さらにヤシの木やマリモ状など、実に多様。
「クジャクゴケ」や「ネズミノオゴケ」(写真①)、「ジャ(蛇)ゴケ」などのユニークな名前は、研究者たちがその造形美にさまざまな動物を見いだしたからだ。
中には糸状に裂けた葉が毛に覆われた動物に見える「ムクムクゴケ」や、絶世の美女の名を冠した「コマチゴケ」などもあり、眺めていて飽きることがない。
こうしたコケの美しい色や洗練された形には、厳しい自然環境を巧みに生き抜くための知恵や工夫が詰まっているという。コケは、環境に合わせてその生き方を変幻自在に変えることによって、都市から高山まで幅広い環境に進出することができたのだ。
都市の中でも、最も過酷な環境である道路わきのアスファルトやコンクリート塀に生える「ホソウリゴケ」(写真②)。個体が集まってもこもことしたクッション状になっているのは、外気に接する面積を小さくして内部の水を蒸発しにくくさせているのだとか。都市で最も目にするコケのひとつ「ギンゴケ」は、実はヒマラヤや南極など世界のあらゆる場所に生息。葉の上半分が白色になっているのが特徴だが、効率的に光を反射する白にすることで、太陽光の害から自らの体を守っているのだそうだ。
その他、日本庭園でコケが醸し出すわび・さびの風情をはじめ、農村や里山、深山、高山、そして水辺と、それぞれの場所ごとに懸命に生きているコケの生態や特徴を解説。
一読すれば、足元にこれほどの世界が広がっていたことに驚くことだろう。今度、コケを見つけたら、しゃがんでじっくりと眺めてしまうに違いない。
(NHK出版 1200円+税)