「『大漢和辞典』の百年」池澤正晃著

公開日: 更新日:

「『大漢和辞典』の百年」池澤正晃著

 収録漢字5万語、語彙数25万語という桁外れな規模の諸橋轍次著「大漢和辞典」全13巻が完結したのは1960年。版元の大修館書店の創業社長・鈴木一平と諸橋が出版契約を交わしてから33年の月日が経っていた。本書はこの大辞典がどのような経緯を経て完成に至ったのかを、自身も同辞典の編集に携わった著者がつづったもの。

 昭和初年、「円本ブーム」で活況を呈する出版界にあって受験参考書などで成功を収めた鈴木は、漢和辞典の出版を思い立つ。著者として白羽の矢が立ったのは東京高等師範、国学院大学、駒沢大学などで教壇に立っていた少壮気鋭の漢学者・諸橋。最初諸橋は固辞するが、鈴木の情熱に押され契約を交わす。

 諸橋は知人、学生らの協力を得て編集に着手するが、ほどなく当初の計画よりも規模が膨れ刊行も遅れることが予想された。すでに膨大な編集費をつぎ込んでいた鈴木は、不安を抱えながらも計画の完遂を決意する。時代は既に戦争に突入、出版統制が強まる中、43年9月に第1巻が刊行される。しかし、空襲によって活字の原版が焼失してしまう。

 ここで命運尽きたかと思ったが、活版を使わずに印刷する写真植字(写植)によるオフセット印刷なら可能だと分かる。しかし、大漢和辞典には通常使われない漢字が膨大にありそれを新たに作字しなければならない。

 そこに救世主のように現れたのが写真植字機研究所(写研)の石井茂吉だ。石井は和文写植機の発明者であり、写植用の石井細明朝体を完成させたばかり。石井は鈴木らの意を受け7年以上の歳月をかけて約5万字の原字を1人で作り上げた。そのほかにも、製紙・製本などの関係者もこの気宇壮大な事業のために協力をし大事業を支えた。

 戦争という困難な時代を挟んだ「大辞典」の100年は、辞書・辞典作りの歴史であると共に、印刷・製本の歴史でもあることが見えてくる。 〈狸〉

(大修館書店 3740円)

【連載】本の森

最新のBOOKS記事

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1

    西武ならレギュラー?FA権行使の阪神・原口文仁にオリ、楽天、ロッテからも意外な需要

  2. 2

    家族も困惑…阪神ドラ1大山悠輔を襲った“金本血縁”騒動

  3. 3

    9000人をリストラする日産自動車を“買収”するのは三菱商事か、ホンダなのか?

  4. 4

    兵庫県知事選・斎藤元彦氏の勝因は「SNS戦略」って本当?TV情報番組では法規制に言及したタレントも

  5. 5

    小泉今日子×小林聡美「団地のふたり」も《もう見ない》…“バディー”ドラマ「喧嘩シーン」への嫌悪感

  1. 6

    国内男子ツアーの惨状招いた「元凶」…虫食い日程、録画放送、低レベルなコース

  2. 7

    ヤンキース、カブス、パドレスが佐々木朗希の「勝気な生意気根性」に付け入る…代理人はド軍との密約否定

  3. 8

    首都圏の「住み続けたい駅」1位、2位の超意外! かつて人気の吉祥寺は46位、代官山は15位

  4. 9

    兵庫県知事選・斎藤元彦氏圧勝のウラ パワハラ疑惑の前職を勝たせた「同情論」と「陰謀論」

  5. 10

    ロッテ佐々木朗希は母親と一緒に「米国に行かせろ」の一点張り…繰り広げられる泥沼交渉劇