「左右を哲学する」清水将吾著

公開日: 更新日:

「左右を哲学する」清水将吾著

 鏡の前で右手を挙げると、鏡に映る「自分」は左手を挙げている。上下・前後はそのままなのになぜ左右だけが逆転するのか? マーティン・ガードナーの「自然界における左と右」は、そんな問いかけから始まり、動物や人体における非対称から分子の構造に至る左右をめぐる広範な問題を提示した。以来、左右の問題は多くの人の知的好奇心を刺激し続けている。本書は哲学の面から〈左右とは何か?〉という問いを掘り下げていく。

 まず自分の体を考えてみる。「下」は頭から足への向き、すなわち重力のはたらく向きで、その逆が「上」。「前」は後頭部から顔への向きで、その逆が「後」。さて左右はどうだろうか。たとえば「左」は心臓のない胸の部分から心臓のある部分への向き、あるいは「右」は箸をもたない手から箸をもつほうの手への向きだとしてみる。しかし、心臓が右にある人もいるし、左利きの人もいる。このように、上下・前後が物的なものによって定まっているのに対し、左右は物的なものによって定めることができないのだ。

 物的なものでなければ、自らの感覚によって定まっているのか。視覚に左右反転が起きる仕掛けを施した左右逆転眼鏡というのがある。この眼鏡をかけた人は最初のうちは右のほうに見えるコップを取ろうとして右手を出して取り損ねるということを繰り返すが、2週間ほどすると順応が起こるという。ということは、自分の中の感覚によって左右が定まっているのではないことになる。では、左右は何によって定まっているのか……。

 あらゆる側面から左右というものを考察し、それに「私」という存在がどのように関わっていくかをさまざまな思考実験を取り入れながら探究していく。一見迂遠のように思えるが、一つ一つの疑問を丹念にたどって考えを深めていく道筋そのものが「哲学」なのだということを教えてくれるだろう。〈狸〉

(ぷねうま舎 1980円)

最新のBOOKS記事

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1

    カーリング女子フォルティウス快進撃の裏にロコ・ソラーレからの恩恵 ミラノ五輪世界最終予選5連勝

  2. 2

    南原清隆「ヒルナンデス」終了報道で心配される“失業危機”…内村光良との不仲説の真相は?

  3. 3

    契約最終年の阿部巨人に大重圧…至上命令のV奪回は「ミスターのために」、松井秀喜監督誕生が既成事実化

  4. 4

    「対外試合禁止期間」に見直しの声があっても、私は気に入っているんです

  5. 5

    高市政権「調整役」不在でお手上げ状態…国会会期末迫るも法案審議グダグダの異例展開

  1. 6

    円満か?反旗か? 巨人オコエ電撃退団の舞台裏

  2. 7

    不慮の事故で四肢が完全麻痺…BARBEE BOYSのKONTAが日刊ゲンダイに語っていた歌、家族、うつ病との闘病

  3. 8

    箱根駅伝3連覇へ私が「手応え十分」と言える理由…青学大駅伝部の走りに期待して下さい!

  4. 9

    「日中戦争」5割弱が賛成 共同通信世論調査に心底、仰天…タガが外れた国の命運

  5. 10

    近藤真彦「合宿所」の思い出&武勇伝披露がブーメラン! 性加害の巣窟だったのに…「いつか話す」もスルー