「頭上運搬を追って」三砂ちづる著
「頭上運搬を追って」三砂ちづる著
頭上運搬とは、自動車などの移送手段がなかったところで頭に物をのせて運ぶこと。両手で持つより多くの物を運べることからアフリカ、中南米、東アジア一帯では現在でも見られるが、ほとんどが女性の運搬手段だ。日本でもかつては多くの地域で行われていた。本書は頭上運搬を身体技法として捉え、日本各地や海外に頭上運搬の記憶と痕跡を訪ね歩いて、生活と労働を支えていた身体技法の奥深さに迫ったもの。
近年、高齢者の腰曲がり(変性後弯症)の発症率が増加傾向にあるという。この腰曲がりは、ホルモンの関係で女性の発症が高いといわれている。
ところが、日本国内でもっとも最後まで頭上運搬が残っていた沖永良部島の女性たちは、年齢を重ねても腰が曲がらず姿勢が良いという。沖永良部島には地上に川があまりなく、上水道ができるまで「暗河」という地下を流れる川まで水をくみに行かなければならなかった。水くみは女性の役割で、急峻な道を頭の上に水桶をのせて運んでいた。
頭に物をのせて運ぶには、のせた物と自分の重力線を合わせないと落ちてしまう。そうすると必然的に体のセンターが形成され、重い物をのせても落とさずに運べ、姿勢を良くするというわけだ。
驚くことに、著者が聞いたほとんどの人が自分も他人も頭の上の物を落とした経験がないという。中には不安定な丸太や70キロ近い物をのせて運ぶというからよほど特殊な技術が必要に思えるが、自然に身についた技術であり、「できる」という意識さえあれば誰でもできるというのだ。現に、アフリカにフィールドワークに出かけた現在の女性文化人類学者も、必要に迫られてできるようになったという。
日本各地の記録で共通していたのは、頭上運搬をする女性たちの姿がいずれも「美しい」と形容されていたことだ。自らの体を整えるためにも、この失われつつある技法は大いに役立ちそうだ。 〈狸〉
(光文社 946円)