「脇役たちの西洋史」有光秀行、鈴木道也編
「脇役たちの西洋史」有光秀行、鈴木道也編
ドイツ文学者・エッセイストの池内紀に「二列目の人生」という伝記エッセー集がある。華々しい活躍をして1列目に居並ぶ人たちではなく、2番手として独自の生き方を貫いた16人(モラエス、洲之内徹、福田蘭童、中尾佐助ほか)の才人たちの人生を描いたもの。そこで取り上げられた人たちは無名ではないが、隠れた異才としてその名が刻まれている。本書で取り上げられている9人の人物も、歴史の教科書に太字で記されるような人ではなく、異才ではあるが地味な人たち、いわば名バイプレーヤーのような存在だ。
最初に登場するのは、中世初期のフランク王国のカール大帝時代にアウクスブルク・ノイブルク司教を務めた聖シントペルトゥス。生前のシントペルトゥスには特筆すべき功績はなかったが、12世紀末、彼の遺骸が埋葬されていた教会が焼失、そのがれきの中を歩いていた女性が棺に足を踏み入れ遺骸に触れてしまう。するとその足が腫れ上がり聖人に許しを請うと回復した。以来、シントペルトゥスは治癒聖人として崇敬を集め、病の快癒を願って各地から多くの人たちが彼の墓のある修道院を訪れるようになる。
そのほか「世界で最高の騎士」と称えられたイングランド王の側近、教会分裂の危機を回避すべく奮戦したパリ大学総長、英仏両王家のはざまで粘り強い政治交渉をしたブルゴーニュ公国の重臣、自由都市ブルッヘでさまざまな儀礼の演出を行った石工出身の詩人など、時代も地域もさまざま。また、宗教改革が荒れ狂うドイツでカトリック教徒でありながらルター主義に傾倒した司教、フェリペ2世の下で見事な世界地図を完成させた天地学者、三十年戦争末期に天使から預言を授かったと報告した農夫、フランス革命、恐怖政治という激変する時代をしたたかに生き抜いたマルセイユの大商人など、いずれ劣らぬ才能の持ち主が紹介される。
小さいながらも確かな働きをした彼らの事跡を知ることで、既存の歴史の姿が大きく変わってくる。 〈狸〉
(八坂書房 3850円)