「新版 茅葺き民家」佐野昌弘著
「新版 茅葺き民家」佐野昌弘著
前を流れる小川や黄金に染まった田んぼ、そして軒先につるされた干し柿など、茅葺き民家を中心とした四季折々の風景は、長らく日本人の原風景といわれてきた。
しかし、今ではすっかり見かけることもなくなり、実際に目にしたことがないという若い人も多いのではなかろうか。
本書は、茅葺き民家がまだ住まいとして現役だった昭和40年代から全国各地で撮影してきた著者の集大成。
北海道の米作発祥の地・文月の近く、七飯町の民家は、棟飾りは青森風、入り口は秋田風の中門のように曲線を描き、兜造りを思わせる妻の小窓など、よそでは見られない地域色をミックスした独特の姿をしているという。どの家にも、壁から突き出し、はしごのような添え木に支えられた長い煙突があり、なんとも極寒の北海道らしい。
青森県の津軽地方の民家は、茅葺き屋根の大棟の上に板葺きの「本グシ」がのり、さらにその中央部には「ハッポ」と呼ばれる煙出しの木小屋が造られている。
均整の取れたその勇壮な姿は、どこか武将の兜を連想させる。
同じ青森県でも東側の下北半島の民家は、津軽のそれとは全く異なる形をしている。
ほとんどが軒の低い寄せ棟造りで、その軒は土で固めてあることから「くれぐし」と呼ばれる。
雪解けを迎え春になると、そのくれぐし部分が一斉に芽吹いた草で鮮やかな緑色に変わり、「モヒカン」のようで何とも可愛らしい。
ここまで読んで、もうお気づきだろう。われわれの心の原風景の中にある茅葺き民家は、だいたいが同じ形であり、同じイメージでしかないことを。
このように茅葺き民家と一口に言っても、地方によってその姿形は異なり、それぞれに個性があるのだ。
そんな各地の特徴ある民家を、北は北海道から南は鹿児島まで260以上の写真で紹介。
著者が撮影を始めたころには東京の江戸川や葛西にも茅葺き民家が残っていたというが、気がつけばそのほとんどが姿を消してしまったという。
本書に収録されているのは、かろうじて撮影が間に合ったという調布(1992年撮影)や青梅(同2000年)のもので、その立派さに驚く。
ほかにも、「めわら」と呼ばれる芸術的な茅葺きの兵庫県播磨地方の民家や、冬の強い北風と寒さから家を守るために柴垣をめぐらした石川県珠洲市の沿岸部の民家など。
それぞれの地方の、風土に合わせた先人たちの知恵と工夫が詰まったその技と造形は見ていて飽きない。
どの民家でも、住人たちと交流を重ねながら撮影をしてきたという著者。そのぬくもりまでもが写真に写り込んでいるような気がする。
二度と撮影することがかなわない茅葺き民家があった時代の、日本各地の風景を撮影した貴重な記録でもある。
(グラフィック社 3630円)