「『音』と『声』の社会史」坂田謙司著
「『音』と『声』の社会史」坂田謙司著
コロナ禍の緊急事態宣言のときに、外出が制限されたり多くの店が休業状態になり、それまで街にあふれていた日常的な音や声が消えてしまった。
その消失は、街の音を目的地にたどり着くための道順や方向を示す「耳印」としていた視覚障害者たちを困らせた。考えてみれば、古来我々は常に目には見えない音と声から多様な情報を得て生活してきた。そこにはさまざまな変遷があり、本書は、音と声とそれを伝えるメディアの関係を社会史の観点から改めて問い直したもの。
太古、生物はどのような声を聴いたのかから始まり、耳の構造、発話の仕方といった原理的な話を交えながら、音と声を復元し広範囲に伝えていくレコード、電話、ラジオといったメディアの進展についても詳しく語られていくが、現在よく聞かれる自動音声の案内の多くが女性の声なのはなぜか、という問いは面白い。本来日本では女性はあまり大きな声で話してはいけないという暗黙の了解があったのだが、女性のバス車掌や電話交換手の登場により、女性の声が社会的に認知されていく。そして戦後になると女性アナウンサーが増え、そこには「美声」という価値もそなわってくる。
一方で、声の外見が生み出す社会的な評価や差別を受けることも多く、著者はそれを「声のルッキズム」と呼ぶ。喉や声帯の病気にかかって声がかすれていたり、男性だが声が高い、女性だが声が低い、あるいは吃音のような言葉がうまく出せない場合などが嘲笑や差別の対象となることがある。
「アニメ声」や「萌え声」にも、「若く未熟で誰かの庇護なしでは生きていけない従順な存在」というジェンダーバイアスが潜んでいるという指摘も重要だ。
そのほか、ヘッドホンの音漏れや街宣車によるヘイトスピーチ、プロパガンダなどの問題にも触れている。音と声に関する百科全書といった本書からくむべきものは多い。 〈狸〉
(法律文化社 3080円)