「なぜBBCだけが伝えられるのか 民意、戦争、王室からジャニーズまで」小林恭子/光文社新書(選者:中川淳一郎)
良書だがサブタイトルに期待すると肩透かし
「なぜBBCだけが伝えられるのか 民意、戦争、王室からジャニーズまで」小林恭子/光文社新書
良書なのに「看板に偽りありかな」と思った。「書籍はタイトルだけで買うな。実際に中身を少し見てから買おう」ということで、あえて本書を紹介する。このタイトルに惹かれて買った人間からすれば肩透かし感が甚だしかった。著者は在英ジャーナリスト。
本来のタイトルは「BBCの歴史 そのなりたちと大衆への寄り添い」みたいなものだったのでは。それは以下のような記述にあらわれる。
〈最初の実験放送は1929年9月30日である。テレビ放送には映像用に1台、音響用に1台の送信機が必要だった。しかし当時、BBCがもつ放送用送信機は1台のみだったため、初期の実験放送では最初の2分に映像が流れ、次の2分で対応する音が出るという交互の放送となった。2台の送信機が揃うのは約半年後、1930年3月。やっと映像と音が同時に流れ出した〉
当時、テレビの値段が高過ぎ、庶民には手が届かなかったことを明かすとともに、いかにBBCが政府とも連携してテレビを普及させていったか、という流れが描かれる。
しかし、サブタイトルを読むとなぜ2023年3月にBBCだけがジャニーズ事務所の「性加害問題」を放送できたのか、といった内幕も描かれていると思うではないか。たとえば、日本通の敏腕ディレクターのA氏がいて、その人が元ジャニーズ事務所所属で実際に被害を受けたB氏に食い込み、B氏から詳細を聞き、さらに別の取材相手を見つける闘争800日──そんなBBCの「取材力」「忖度しない力」の源泉を本書が描くと思ったのだが、そうではなかった。
ジャニーズ事務所に関するページはわずか4ページ。紙面に空白もあるため実質3ページであり、番組内容も含め、あくまでも公にされた情報をなぞった事実で記述されている。BBCがなぜ日本のタブーに切り込めたのか、組織内ではどのような意思決定でジャニーズ問題にGOサインが出たのか、日本の忖度メディアとは何が違うのか、といったことは書かれない。
これには落胆した。繰り返し述べるが、本書はBBCの歴史とそこに携わった人について知りたい人には良書である。だが、私のように「なぜジャニーズ問題をBBCだけが報じられたのか? そして過去に報じた週刊文春とは異なり、なぜBBCはジャニーズ解体に至らせたのか?」といった点は描かれない。そこを読みたかった。 ★★