「熊神」川村湊著
「熊神」川村湊著
熊と人との関わりを示唆する物語は世界各地に残っている。熊に襲われた貴婦人が熊の子を産むリトアニアの伝承や、熊女が人と交わって後に王となる子を産む朝鮮の話などがその例だ。日本でも、熊と人の関わりを示す伝承は数々ある。本書は、ユーラシア大陸の人獣相姦の説話を起点に、諏訪信仰や甲賀三郎伝説、熊野信仰、アイヌの熊送りなどを検証しながら、熊への信仰心の中に眠る縄文の記憶を掘り起こす。
たとえば、諏訪大社には、狩猟に関する神事や祭事が残されており、熊との関係を示す数々の痕跡があった。また、縄文社会の狩猟民的な精神文化のシンボルが「熊」であり、農耕が広まるにつれ信仰の対象の「熊」は排除されていった。これらの事実は、古事記で高天原から遣わされた建御雷神が建御名方神を投げ飛ばして国を統合し、逃げたとされる建御名方神が諏訪の地にとどまった物語と、どこか重なってくる。
記紀神話は征服者が支配を安定させるイデオロギー装置として働き、それが象徴天皇制として今まで連続してきたと著者は説く。熊に象徴される縄文神話から、日本の精神文化の核心が見えてくる。
(河出書房新社 3190円)