手術を「受けない」「受ける」考え方…3度の狭心症と前立腺がんを経験した医師に聞いた
5分歩くと足がしびれる脊柱管狭窄症は放置
食事と薬との関係をことさらに強調するのは、ある事情が関係する。
「実は脊柱管狭窄症で、5、6分歩くと、脚がしびれてベンチなどで休まないと動けなくなります。ですから、移動はほとんどタクシーで、運動はスクワットや腕立て伏せなど筋トレを各10回ほどしかできないのです」
脊椎の中心には脳から自律神経が通っていて、枝分かれしながら臓器や手足の末梢に延びる。長い年月で神経の通り道のどこかが狭くなって、神経を圧迫するのが脊柱管狭窄症だ。少し歩くと痛みやしびれが生じるのはその典型的な症状で、圧迫部位によっては排便や排尿に支障をきたすこともある。
狭心症はエキスパートの南淵医師に体を委ねて手術を受けたが、脊柱管狭窄症については放置している。そのスタンスはなぜか。
「確かに、手術で脊柱管の圧迫を取り除くことができれば痛みもしびれも治ります。それは知っていますが、手術が失敗して自律神経が障害されると最悪の場合、下半身不随です。脚のマヒを治したくて、下半身不随ではシャレになりません。そういう例を仕事柄よく見てきたので、脊柱管狭窄症の手術は受けないのです。死ぬ病気ではありませんから、タクシーやバスなどをうまく使いながら病気とつき合えばいいのです」
病気と折り合いながら生活していることがよく分かる。富家さんも後期高齢者となり、医師として、人間として老いを実感するからこそ、「穏やかな最期を迎えたい」と強く語る。
自分なりに理想の最期を迎えるにあたって、考え方のエッセンスをまとめたのが「それでもあなたは長生きしたいですか? 終末期医療の真実を語ろう」(ベストブック)だ。
■前立腺がんは生検せず、MRIで確定診断を
いまや毎年100万人ががんと診断され、男性は3人に2人、女性は2人に1人が罹患する。がんとの向き合い方も人生の幕切れに大きく関わってくるだろう。富家さんも5年前に前立腺がんと診断されたが、治療は受けていない。
「前立腺がんは、がんの中では比較的穏やかで、進行が遅いケースがかなりあります。別の病気で亡くなった方を解剖して前立腺がんが見つかることがあるのは、その証左でしょう。前立腺がんのマーカーであるPSAは上昇傾向ですが、がんは1センチほどで前立腺内にとどまり、いまのところ悪さをする兆候はありません。だから、手術も放射線も抗がん剤も受けず、放置するのです」
ラテントがんは、直接の死因にならずに別の病気で亡くなった人を解剖して見つかるがんを指す。前立腺がんのガイドラインによると、70代で2割、80代で3割、90代で5割はラテントがんだ。放置するのは決して“白旗”でも諦めでもなく、ムダな治療を受けないためだ。
「前立腺がんを切除すると、尿道括約筋や勃起神経も切られるため、尿漏れや勃起不全が避けられません。年齢的に勃起不全は生活に支障がありませんが、尿漏れは困ります。この年齢でオムツは嫌です。不要な手術を受けたことで、オムツを避けられなくなった人をたくさん知っているので私は放置するのです。治療を受けるとき? 進行してがんが大きくなり、転移しそうになったときです。でも、それまでにお迎えが来ると思いますよ」
前立腺がんの診断には腫瘍を採取して悪性度を調べる生検を行うのが一般的だが、富家さんはこれも受けていない。
「前立腺がんの生検もくせもので、失敗すると出血多量や腎不全のリスクがあります。それも嫌で、私はダイナミックMRIという体を傷つけずに済む方法で確定診断してもらいました」
なるべく自立した生活を送りながら、穏やかに迎えを待つ。「最期は心筋梗塞でぽっくり逝きたいなぁ」と笑う。