岡口基一元判事に聞く SNS投稿という「私的な表現行為」で突然「罷免」の舞台裏と懸念
「遺族の尊厳を侵害し、表現の自由として裁判官に許容される限度を逸脱した」
SNSの投稿で殺人事件の遺族を傷つけたなどとして訴追され、職務停止中だった仙台高裁の岡口基一判事(58)が4月3日、国会の裁判官弾劾裁判所(裁判長・船田元衆院議員)から「罷免」の判決を言い渡された。
弾劾裁判は1947年の制度創設来10回行われ、罷免とされたのは岡口氏で8人目だが、過去に罷免と判断された裁判官は、児童買春などで刑事処罰を受けたり、担当案件の関係者から金品を授受したりするなど悪質性が際立つケースばかりだ。
岡口氏のSNS投稿について、判決は「執拗かつ反復して犯罪被害者の遺族の心情を傷つけたことは否定できない」「遺族に精神的苦痛を与え続けてきたことを考えると、国民の信託に背反する程度に達している」などとしたが、裁判官とはいえ、SNS投稿という「私的な表現行為」について、判決が「裁判官としての威信を著しく失うべき非行」と踏み込んだことを巡っては、今もなお法曹界などから異論の声が上がる。
権力による安易な「クビ切り」は、憲法で身分の「独立」が保障された裁判官の言動を委縮させる懸念のほか、国会議員で構成する裁判官訴追委員会の恣意的な運用にもつながりかねない危険性も含んでいる。判決は即日確定し、岡口氏は裁判官としての地位を喪失。判決により退職金は支払われず、弁護士や検察官になる法曹資格も失った上、判決に対して不服申し立ても出来ない。極めて重い処分だ。あらためて岡口氏は今、「罷免」という重い判決をどう受け止めているのか。
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──裁判官「罷免」という極めて重い処分が下りました。まずは率直な感想を聞かせてください。
近代国家における裁判とは、その結論である判決自体で、その正当性や国民の信頼を獲得するものでなければなりません。具体的に言えば、第一に「判決に、その判断に至った理由が明確かつ論理的に記載されていること」、第二に「その理由の検証が可能であること」です。その観点で見れば今回の判決は「理由」が全くダメ。まずはそこが問題だと思います。
──どの部分が「全くダメ」なのでしょうか。
「理由」のうち、前半の事実認定部分は、事実を認定するだけで、何か論理が必要なものではないため、問題が生じていないのですが、後半のあてはめ部分、つまり、罷免のための要件である「著しい非行」に当たるか否かという判断部分が、まともな論理になっておらず、なぜこの結論になるのかが全く明確でなく、合理的な判断がされたか否かという検証もできないものになっています。
──判決では、訴追委員会が主張した「フォロワーの性的好奇心に訴えかけ、興味本位で判決を読ませようとする意図があった」との指摘を認めず、悪意性を否定しています。さらに遺族が「洗脳」されているとつづったSNS投稿についても、精神医学者の証言を採用し、「洗脳」という言葉をそれほどネガティブな意味で使っていたわけではない、と認定しています。にもかかわらず、結論は最も重い「罷免」というのは不可解です。
前半部分の事実認定については、約2年8か月もの間丁寧な審理がされた結果、多くのことが明らかになりました。私の表現行為について、故意に誰かを傷つけたり、不快な思いをさせたりしようとしたものであるとする訴追委員会側の主張はことごとく排斥されました。
ところが、後半部分になると、それでも結果として傷ついた人がいるのだから、私の表現行為が「非行」に当たると判断しており、とにかく誰かが傷ついたからという理由が繰り返されるだけです。さらに、その「非行」が単なる「非行」ではなく、「著しい非行」に当たるという判断においても、同様に、誰かが傷ついたからということ以上のことは何も述べていません。事実認定は納得できますが、最後の要件への当てはめが全くダメ。
ここまで判決の論理の明確性がない裁判は、先ほども言ったとおり、その正当性がありません。今回の判決の後半部分を理解、支持する研究者、法律家はいまだに一人も現れていません。
──そもそも、今回の罷免に至る発端となったSNS投稿は、2015年に東京都内で女子高生が殺害されたことを伝える東京高裁判決のリンクを張り、《首を絞められて苦しむ女性の姿に性的興奮を覚える性癖を持った男》《そんな男に、無残にも殺されてしまった17歳の女性》と書き込んだことでした。ただ、その後、東京高裁はウェブ掲載に関する「選別基準」という内規に反して、この事件の一部判決内容を掲載していたことが法曹界で指摘されています。岡口さんが「傷つけた」とされる記述も、東京高裁がネットに公開した判決文(後に削除、事件被害者などは匿名)から引用し、「残忍な」という形容詞を加えただけでした。
繰り返しますが、私は誰かを意図的に侮辱したり、名誉を棄損したりするつもりは毛頭ありませんでした。私は当時、裁判所の民事部にいたので知らなかったのですが、裁判所の刑事部には内規があり、最高裁のウェブサイトに掲載する判決基準では、凄惨な事件や性犯罪は載せないとされていたのです。私は最高裁がウェブサイトに載せているのですから当然に公開が許可された判決だと思い、そのリンクを貼って、判決を紹介したのですが、これが問題視されたわけです。