岡口基一元判事に聞く SNS投稿という「私的な表現行為」で突然「罷免」の舞台裏と懸念
■誰かが「傷ついた」と言い出せば、それを理由に懲戒解雇になりかねない
──このままルール作りが進まないとどんな社会になると考えますか。
SNSの投稿に対し、誰かが「傷ついた」と言い出せば、それを理由に懲戒解雇になりかねない。私はまさにそうなったのです。SNS投稿の何が良くて、何が悪いのかというルールがないと、安心して表現活動もできなくなる。とりわけ、犯罪被害者についての言論が避けられがちになりかねません。これが表現の自由の萎縮効果といわれるものです。
──罷免判決を下した裁判官弾劾裁判所で裁判長を務めた船田元衆院議員(70)は共同通信のインタビューに対し、検察官役の裁判官訴追委員会と弾劾裁判所がともに国会議員で構成されているため、「両者の距離が近く、信頼性や公平性に矛盾を抱えている」と指摘していました。振り返ると、この問題で岡口さんは最高裁と東京高裁から戒告、厳重注意処分を受けていますが、最高裁は訴追請求を見送っていた。つまり、岡口さんのSNS投稿は当初、「罷免」には至らないという判断でした。
当時の裁判官訴追委員会(田村憲久委員長=自民)も訴追を先送り(訴追猶予)し、新型コロナ禍もあって3年の公訴時効を迎えた。にもかかわらず、2020年11月に訴追委員長が交代(新藤義孝氏=自民)して以降、事態が急展開します。どう思いましたか。
私から言えば、本来は訴追猶予もおかしいし、(不起訴に当たる)不訴追が妥当と考えていました。いずれにしても何があったのかは分かりません。ただ、船田氏の発言を読むと、「自分と同じ政党の国会議員が、罷免相当と考えて訴追したものを、弾劾裁判官が不罷免とすることは難しい」と受け取れなくもない。そうなると、最初から結論ありきの判決ではなかったのかと考えたくもなります。
──国会議員が裁判官の「生殺与奪」を握るという仕組みについて思うことはありますか。
国会議員は皆、選挙で選ばれた民主的基盤があることを、権力行使を正当化する根拠にしているわけですが、その人たちが暴走した時にどうするのかという仕組みが重要です。その仕組みがない状況下で批判勢力が弱体化すると、彼らは正当性を主張して暴走し始める。選挙で落選させればいいというが、実質的にそれを難しくする構図も作っていきます。
例えば今のロシアがそうです。ロシアも日本と同じ民主主義国家ですが、プーチン大統領を厳しく批判したナワリヌイ氏は投獄され、獄中死しました。民主主義だというだけではダメなのです。権力に対抗する立場にある司法の弱体化は、あってはならないことです。
(取材・文=遠山嘉之/日刊ゲンダイ)
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【岡口判事弾劾裁判】 判決によると、岡口氏は現職の判事だった2017年、東京・江戸川区の女子高校生殺人事件に関し、ツイッター(現X)に「首を絞められ苦しむ姿に性的興奮を覚える男」「無残にも殺されてしまった女性」などと投稿。19年には「遺族は東京高裁に洗脳されている」とも書き込んだ。遺族側が同年2月に訴追請求し、衆参の国会議員14人で構成する裁判官訴追委員会が21年6月に訴追。22年3月から16回に及ぶ公判が開かれた。
裁判官は、権力側からの不当な圧力、介入によって公平な裁判が阻害されることのないよう憲法などで身分が保障されている(職権行使の独立など)。弾劾裁判で罷免される場合でも、「裁判官が職務上の義務に著しく違反している場合」「職務を甚だしく怠っている場合」「裁判官としての威信を著しく失うべき非行を行った場合」に限られている(裁判官弾劾法2条2項)。
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▽岡口 基一(おかぐち きいち) 1966年生まれ。大分県出身。東大法学部卒。浦和、水戸、福岡などの各地裁を経て、大阪・東京高裁判事、仙台高裁判事。現在は司法試験指導塾「伊藤塾」で講師を務める。