金鳳花のフール
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(11)義弟が手を伸ばし下腹をさぐる
綾瀬は冷めた声だ。 「私がお風呂に入っていると、その子が入って来たの」 その日、亮は夕方まで帰って来ないはずだった。亮はサッカーの試合があった。彼は少年サッカーチームの名ゴールキーパー…
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(10)無邪気を装い乳房に吸いつく
エミューの身体を圧迫していく重い気体がある。亮の性衝動だった。亮は大胆になっていた。 エミューは家ではスカートをはけなかった。亮がそばに来て寝転がりスカートの中を覗き込むからである。亮は仰向…
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(9)背中に密着した12歳は雄
逆さまになっていた女──エミューはいつの間にか正常の体位に戻っていた。 「『酒井義肢製作所』の跡取りは私に夢中だった。『紅の輝き』とか『朝の色のジャスミン』とか『あなたの肩の日の出』とか『夢見…
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(8)雲間から蜉蝣の翅をつけた女
女が言った。 「あなたには刺激が強すぎるから話しにくいんだけど」 これ以上の刺激が? 綾瀬は身を硬くした。 「あなたは一度水子の国へ送られた胎児だったの」 「何だって」 …
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(7)ぼくは大きな木の洞にいたんだ
綾瀬が言った。 「絵描きの能力を安直に否定しないでほしいな。それより、桜はどこへ行った。城址公園の桜の森は今が盛りだぞ。ぼくは花見をしたいんだ。こんな溝の底みたいな場所から早く脱出したい」 …
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(6)水子の国の収容施設にいた
綾瀬は女が口にした年の数にまた眩暈がしたが、無視することにした。 「さっきはあんな馬力で走ってたくせに」 「がんばりすぎちゃった。今日は燃料切れ」 暗い海淵に一瞬満開の花弁が広が…
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(5)私がママよ、あなたを産んだの
女は立ち上がって胸を反らせた。綾瀬はへたり込んだままだから彼女の上からの視線をまたうけねばならなかった。最初からずっと見下ろされっぱなしだ。女の目が和らいだ。 「本当はね、これしかなかったのよ…
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(4)鉄塔の女が綾瀬を覗き込む
綾瀬の息はまだ荒い。喘息患者の喘鳴のような呼吸音までが肋骨の下で高鳴っていた。ジョギングで鍛えた心肺機能も突如遭遇した怪現象には対応しきれなかった。 彼は周囲を見回した。目を凝らして、VIP…
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(3)風に歪むタワーはバイオレンス
綾瀬はストーリーの進行どおり順序立てては描かない。前後したり、飛び越えたり、千鳥足になったり、不規則に一幕一幕を紡いでいく。映画の撮影に似ている。それでいて組み上がりのバランスが崩れることはない。《…
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(2)あれは火炎放射器、噴霧器だったか…
罵りあう若者二人も深刻に議論する紳士も死んだ人間特有の変形した体の様態を見せている。祭壇の死人に向かって成仏を説く僧侶の全身は腐敗の作用が甚だしく、他人に引導を渡している場合ではなかろうと同情したく…
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(1)生き返った死人が棺桶から起き上がる
【一】 水の果てから 綾瀬純一は葬式の絵を描いた。 祭壇があり、喪主がいて、遺族や近親者がそろい、故人の友人や一般会葬者の姿がある。 葬儀の道具立ては通常のものだが描かれた様…