金鳳花のフール
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(31)帰りは無愛想な胎児が運転手
水子の郷を去るとき、多少の混乱があった。 タキグチに急な任務ができ、綾瀬を送り届ける役割を果たせなくなったのだ。 「申し訳ありません。帰り道は御同行できなくなりました」 タキグ…
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(30)閃光が立ち木を裂き、鼓膜をいたぶる
綾瀬の記憶という血液の中には不凍性の物質が含まれているのだろうか。それならば体験は今も生生として彼の脳を循環しているはず。 記憶は怪物である。人を翻弄し、ときには人を食らい、人を操る。羊水の…
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(29)壁には点描の異種混合動物画
それぞれの絵は未熟だが無自覚の底意が居座っている。描線の行方は予測不能で形を判別しにくい。頭が三つある野牛の絵かと思えば、それが星座だったり、鳥と見えたのが何人もの人間が絡まってダンスをしている絵だ…
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(28)樹皮屋根の蟻塚4棟の集合住宅
互いの体にロープを結びつけ、引っ張りっこをしている胎児がいる。妊娠十週ほどでこちらに流れて来た水子だ。 「ぼくもあんな風に祭りの日に遊んだんでしょうか」 綾瀬は力比べをする少年に目をや…
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(27)水子と現世の両親との交流計画
タキグチは言葉をつなぐ。 「ともかく、こちらには現世から送られて来た罪人が矯正施設で暮らしている。彼等は年に何度か外出が許されます。むろん監視つきでね。胎児達は彼等を敵視してもいけないが接触し…
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(26)群がれ、広がれ、水に満ちよ
村人の足の間を鶏や豚がうろついて土にまぎれた餌を探している。広場は家畜の糞だらけである。焚き火を囲んで酒盛りの真っ最中のグループもいる。彼等は肩を組んで歌っていた。綾瀬はエミューの言葉を思い出す。 …
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(25)低い山に囲われた集落 水子の郷
綾瀬は関節を患った男の動作で半身を起こした。皮膚にゼリー状の皮膜が張り付いている感触が残っていたが、羊水の臭いは消えていた。立ち上がるとそこは丘の上だった。眼下に眺望が開けていた。低い山に囲われた集…
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(24)素焼きの壷と同じ肌の車
水子の記憶は母親の記憶──。綾瀬にはエミューの思念が転移されていない。綾瀬が水子の国で画布に向かっていたとき、彼の大脳はエミューの体験を留めていたのだろうか。 現世の人となった今、彼の脳味噌…
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(23)胎児から産児の姿になり現世へ
綾瀬は言った。 「エミューはどうしていたんですか」 「彼女はアパートの部屋で倒れていました」 タキグチは立ち上がり、綾瀬のそばへ寄った。 「エミューは流産していました。綾瀬…
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(22)世にもまれな悪党、赤松幸子
エミューの足取りは定まらない。 そんなある日、エミューは一人の女に声をかけられた。年の頃は二十代後半だろうか。すらりとした背丈で目元に温かみがあった。エミューは自分に似ていると思った。 …
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(21)訪ねた診療所はとうの昔に廃業
タキグチはアトリエの椅子に腰を下ろしている。巨体で椅子が隠れているため彼の体は空中浮揚をしているように見えた。 「彼女がぼくを身ごもったところまでは聞きました。それから先は彼女も言葉がつかえて…
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(20)巨人の才槌頭が後をつけて来る
綾瀬はリュックを担いでいる。画帖と絵筆、それからワインが入っている。ワインは劇団主宰者への土産だ。 背後に気配があった。 誰かが綾瀬の後をつけて来る。ちらりと振り向くと大柄な男の姿が…
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(19)ジロット社のペン先は異国の香り
綾瀬は絵の制作でペンを多量に使う。ペンの消耗度が高いのだ。一本の付けペンを何か月も使い続けるイラストレーターもいるようだが、綾瀬の場合は常に新しいペン先でないと納得のいく描線にならない。 彼…
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(18)鉛の箱に入った心臓が必要だ
綾瀬は支払いを済ませた。額におさめられたカヌーの写真がメニューのボードに並んで壁を飾っている。 「パーセル」のシェフは手作りカヌーのスペシャリストでもあるのだ。カヌーに料理、それから成就はしな…
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(17)血液中のワインが血管を駆け巡る
シェフが言った。 「向こうにいる間、おれは毎日ルガーを玩具にしてた。日本に帰るときは海に捨てたがね。だからおれは上着の胸のふくらみ具合でルガーがわかるんだ」 「彼女をこの店に連れて来なき…
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(16)レインコートの下にはルガーP08
《パーセル》はランチタイムが終わったあとで客の姿はなかった。 チェックの縁なし帽をかぶったオーナーシェフが綾瀬を見て顔をほころばせた。この店は昼前に営業を始めると閉店まで休息をしない。近頃には…
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(15)目の前からエミューが掻き消えた
「純一」は市長が綾瀬につけた名前である。 捨てられた子供の身元がわからない場合、市町村は戸籍法に基づき新しい戸籍を作る。両親は不明のままとし、姓名と本籍地は市町村長が決めるのだ。 「市長…
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(14)亮の子供であることだけは確か
亮はエミューの擦り傷に自分の皮膚から分泌する媚薬を塗り込め彼女の鬱血を促す。鬱血は鎮まらない。鬱血を鎮めさせない知恵さえこの十二歳は会得していた。彼女が腕を突っ張って彼の胸を押しやっても、鞭はしなう…
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(13)無垢の卑猥さで人妻の貞淑を奪う
相手の唇に噛みついて深い傷を負わせることもできた。眼球に指を突っ込むこともできたはず。 それをしなかった、できなかったのは、彼が家族だったから。彼が十二歳の少年で、夫の弟で、県随一の義肢装具…
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(12)最も深い場所で生命を放出
エミューは逃げているつもりだった。浴室の脱出口は見えない。そこに戸があるのに自分の脳がそこを出口だと認知させない。乳房と女性性器をつけた脂肪の塊が浴室の洗い場をのたくっている。それは自分なのだとエミ…